INTERPRETATION

第14回 選択の自由

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

このコラムでは何度も私の機械音痴ぶりを披露(?)していますが、今回もその続きです。

最近私は通訳学校の授業などで受講生に対し、「紙の辞書」の長所をお勧めしているのですが、そもそも「紙の辞書」を家に置いてあるという人が、ここ数年でめっきり減ってきているようです。実際、「家に紙の辞書がある人は?」と尋ねてみても、挙手するのは全体の3分の1ぐらい。電子辞書やネット上の辞書が主流になりつつあることの表れと言えます。

辞書に限らず、紙の新聞や雑誌、書籍の良さは、何と言っても一覧性に優れていることです。開けばその場でたくさんの情報が目に入ってきます。これは携帯電話やパソコン画面など、大きさに限りがある機材では決して太刀打ちできない要素です。けれども時代はどんどん進歩しています。私のように相変わらず「紙の辞書や紙の新聞、紙の書籍」と唱え続ける人の数も、今後は減っていくかもしれません。

けれどもこれからの時代に求められるのは、「多様な在り方」と「選択の自由」を認めることだと私は考えます。車が発明されても自転車や徒歩という移動手段が存続するのと同様、紙の媒体物も消滅しないでいてほしいのです。今の時代、携帯メールが主流になっていますが、近年は手書きのカードや手紙が見直されており、「ビジネスで成功をつかむための手紙」といった雑誌記事などもお目見えしています。何か新しいものが台頭すると人間というのは勢いで飛びつきますが、少し時間がたてば古き物への回顧現象が必ず出てくるのです。銭湯ブームしかり、レコードプレーヤーしかりです。倒産や閉店の恐怖にさらされる中、粘って事業を続けてきた企業や店舗が再び注目されるようになります。

もし仮に「ファストフードは体に悪い。だから全廃すべきだ」といった考えが出てきたら、人々はどのように感じるでしょうか?「スイーツは糖分の摂りすぎにつながる。だから売るべきではない」となったらいかがでしょうか?「確かに食べ過ぎは良くないけれど、急いでいる時にファストフード店があるのは助かる」「自分へのご褒美として、やっぱりおいしいスイーツを食べたい」といった反論が出てくると思います。

要は何事もバランスが大切なのです。紙の媒体物も同様です。世の中がすべて電子化に向かっているからと言って、紙を全否定するのではなく、共存していくこと。それが大切だと私は考えています。

(2011年3月14日)

【今週の一冊】

「てにをは辞典」小山一編、三省堂、2010年

私は仕事柄、書店へ出かけるとついつい辞書コーナーで辞書の読み比べをしてしまう。自宅にはすでに一通りの辞書がそろっているのだが、何となく引き比べるのが楽しくて読みふけってしまうのだ。「この大型辞書、いいなあ」「いや、これ以上本棚には収まらないからあきらめよう。」そんなことを内心考えながら、書店の棚を眺めている。

今回ご紹介するのは、つい最近出たばかりの辞典。分類からすれば国語辞典になる。中を開くとたくさんの単語が掲載されており、それぞれの言葉に「てにをは」がつくとどのような表現が続くかが例示されている。

たとえば「通訳」という単語を引いてみると、小見出しに「を」「に」「する」といった文字が続く。さらにそれぞれを読んでみると「を」の下には「お願いする。買って出る」などの動詞があり、「に」のあとは「起用する」とある。つまり、「通訳をお願いする」「通訳を買って出る」「通訳に起用する」という具合に、てにをはによってさまざまな表現を知ることができるのである。

通訳現場で訳していると、「~は」と言いかけて次に続く動詞が思い浮かばず、つい「~に」と言い直すということが私の場合しょっちゅうある。言い換えるだけでかなりの時間のロスになってしまい、それが私にとっての改善課題となっていた。この辞書はそうした悩みを解決してくれる、貴重な一冊である。

ちなみにこの辞書の「外国語」の項では「を誤訳する」が、また、「英語」の項では「たどたどしい、つたない、不慣れな、不明瞭な」などといった表現が並んでいる。ドキッとするような言い回しをもって自戒としていきたい。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。

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