INTERPRETATION

懲戒委員会の通訳

木内 裕也

オリンピック通訳

スポーツの通訳と聞くと、記者会見などTVで目にするシーンの通訳を思い浮かべる人は多いでしょう。しかしスポーツの通訳には、非常に閉ざされた部屋の中で行う通訳もあります。その例に挙げられるのが、懲戒委員会の通訳です。例えばサッカーをイメージしてみてください。ある選手が非常に危険で、相手選手に危険を及ぼすタックルをしたとします。そんな時に、その選手に対する処分を下す必要があります。その様な席でも通訳の必要性が生まれることもあります。ラグビーのように、審判員の決定に異議がある場合には異議申し立てをすることができるシステムを持っているスポーツもあります。そうすると、例えば日本代表が試合をした場合、日本語の通訳者が必要になる可能性は多くあります。

この様な懲戒委員会(スポーツによって呼び名や実際の業務の体系は異なります)における通訳は、発生するかしないかわかりません。試合後の記者会見や、試合の登録選手発表に関する記者会見は、ほぼ必ず発生するといえるでしょう。しかし懲戒委員会の業務は、それに値するプレーが無ければ発生はしません。

すると、どのような状況が生まれるでしょうか。たとえば1月1日に試合の場合、1月2日~4日の間に異議申し立ての可能性があるかもしれません。このあたりの猶予時間は、大会やスポーツによって左右されます(そもそも異議申し立ての無いスポーツも多くあります)。すると通訳者には、「1月2日~4日で、通訳は可能ですか?」と問い合わせが来ます。「2日はNGですが3日と4日はOKです」と答えれば、「では3日と4日は待機していてください」となります。

これは仮押さえとは違います。確定案件です。しかし実際に仕事があるかわかりません。待機は確定、業務の有無は未確定、という、なかなか会議通訳ではないパターンになります。実際のところ、待機だけで終わってしまうことの方が、業務が発生する時よりも多くあります。しかしだからと言って勉強せずにいるわけにはいきません。特に懲戒委員会は細かい言葉のニュアンスも大切ですし、ルールブックにある用語や表現を的確に使うことが求められます。従って、事前勉強を欠かすことは出来ません。また、懲戒委員会の対象となる試合は見ておきたいもの。

通訳者の立場として考えると、懲戒委員会は細かいニュアンスなどが必要とされる場ですから、そのような場の案件をいただけることは非常に光栄な事。しかし同時に不覚的要素が多くて、最後まで「仕事があるかな?」と思い続ける案件でもあります。

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記事を書いた人

木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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