INTERPRETATION

通訳は試合が見られない

木内 裕也

オリンピック通訳

私はこれまで、スケート、陸上、野球、サッカー、ラグビー、カーリングなど様々な競技の世界大会で通訳を行いました。そうすると、多くの人に「身近で世界トップのプレーが見られて良いですね」と言われることがあります。しかし、実際にはそんなことはありません。

確かに競技の行われる会場にいれば、練習の時に少しその様子を目にすることはあります。また、一流選手を目の当たりにすることもありますし、休憩時間にそんな選手と世間話をすることもあります。しかし試合などのメインイベントを見られるかと言えば、そうではありません。

例えば試合前や試合後に仕事が発生する場合(例えば記者会見の通訳など)、試合中に業務はありません。しかしだからと言って通訳者のために試合の観戦チケットが用意されることはありません。基本的に控室でテレビ観戦です。競技場の中にはいますが、自宅より小さなテレビで試合を観ることになります。放送通訳であったり、遠隔で会見の通訳をする場合には、競技場からはるか離れた場所にいます。

時にVIP対応の通訳もありますが、試合前のイベントや試合後のイベントで通訳をするだけで、試合中は基本的に休憩となります。一緒に試合を観て楽しみましょう、ということはありません。休憩中は、やはり控室でテレビ観戦です。一緒に観客席に足を延ばすことができても、試合を観ている余裕はありません。

医務室で選手と大会ドクターの通訳をする場合は、フィールドから数メートルのところにある医務室待機。カーテンを開ければ、試合が目の前で行われていることもあります。しかし医務室という特性上、カーテンを開けることは許されません。窓の数メートル向こうで試合が行われている特等席でありながら、やはりテレビ観戦です。

ボランティアでスポーツの大会に係る場合、会場の中に入れる人はほんのわずか。近くの駅であったり、入場ゲートであったり、観客の歓声が風に乗って聞こえてこればよい位のものです。

時にはボランティアの人には練習だけでも見るチャンスを、ということでローテーションで練習を見る機会を与えてくれる大会もあるようです。しかし「通訳ボランティアをすれば試合が見られるかも」というのはやや非現実的。これは通訳を目指して勉強をしている人々にとってはきっと憧れである、大会の公式通訳者やVIP対応の通訳者、記者会見の通訳者も全く同じです。

試合は見られなくても、そういった国際大会に係れるということは、もちろんそれだけで価値のあることはであるのですが。

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木内 裕也

フリーランス会議・放送通訳者。長野オリンピックでの語学ボランティア経験をきっかけに通訳者を目指す。大学2年次に同時通訳デビュー、卒業後はフリーランス会議・放送通訳者として活躍。上智大学にて通訳講座の教鞭を執った後、ミシガン州立大学(MSU)にて研究の傍らMSU学部レベルの授業を担当、2009年5月に博士号を取得。翻訳書籍に、「24時間全部幸福にしよう」、「今日を始める160の名言」、「組織を救うモティベイター・マネジメント」、「マイ・ドリーム- バラク・オバマ自伝」がある。アメリカサッカープロリーグ審判員、救急救命士資格保持。

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