TRANSLATION

第46回 最新の記事を多読する

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。新型コロナウイルス感染拡大の影響で市場は大混乱です。こういった有事の際は、日本語と英語で同じような報道が何度も繰り返されるので、仮に英語の方で分からない単語や表現があったとしても、日本語で得た知識で補うことが充分に可能です。普段の生活は困難になっていますが、原文読み取りや翻訳力の向上という意味では、こうした状況を利用しない手はありません。日本の報道で世界の金融市場の動向を追いつつ、COVID-19、markets、FRB、ECB、monetary policy、interest ratesなどのキーワードで英語の報道文を検索し、日英両方で多読することをお勧めします。

本講座でもさっそく、資産運用会社が出した現状分析の文章を読んでみましょう。記事は3月13日時点のものです。

【本日の課題】
Recent market volatility has been extreme, and has justifiably created some anxiety among many investors. While there is still considerable uncertainty around the speed and ultimate extent of the spread of COVID-19 virus, markets have been reasonably liquid and quick to digest new developments. What we are experiencing as uncomfortable volatility is the market’s attempt to ascertain asset values in a slowing and increasingly disconnected world.

●market volatility has been extreme
extremeのみですが、もちろんここは「極端に高い」の意味。日本語でも、「ボラティリティは極端な水準に達している」と聞いて、極端に低いボラティリティを思い浮かべる金融関係者はいないはずですが、「高い」のニュアンスを訳文のどこかに入れても良いでしょう。

●justifiably
辞書の語義は「正当に」。しかしこれまで何度も言ってきました通り、副詞だから副詞らしく訳さねばならないということはありません。いろいろと工夫してみましょう。

●ultimate extent of the spread of COVID-19 virus
これも同様です。英語と同じく名詞句として訳すと、「COVID-19ウイルス拡大の最終的な範囲(に関する依然強い不透明感)」となり、いかにも翻訳調で格好が悪いので、漢文の書き下し文のように説明的にしてみましょう。

なおCOVID-19 virusは、日本では今のところ「新型コロナウイルス」で定着していますから、そのまま使うのが良さそうです。いずれ「新型」ではなくなりますから、主要メディアの表現が変わったときに、それに追随しましょう。「誰もが読んで分かる表現」を目指すことが重要です。(どう考えてもおかしな表現が世の中全体で使われている時に、日本語の発信者の一人として、微力ながらそれを正す姿勢があってもいいとは思いますが、仕事なのだから100%長いものに巻かれるか、少しはとんがった部分を残しておくか、それは皆様次第です)

liquid
景気後退や、今回のような(ある意味)自然災害が起きて金融市場が混乱に陥った際に、まず問題になるのが流動性状況(liquidity conditions)。その意味で金融市場の重要ワードです。

市場の流動性が低下すると、株式や債券の売買が少なくなって取引が成立せず、売りたい(買いたい)ときに売れ(買え)なくなります。実はこの文章のタイトルはWhy Today’s Market Environment Isn’t the Same as 2008(現在の市場環境が2008年と異なる理由)で、実際、2008年のリーマンショック時は流動性が極端に低下し、多くの人が損失を被りました。

きょうの課題文では、今回はリーマンショック時と異なり、reasonably liquidである、と言っています。

liquid/liquidityの逆の表現として、iliquid/iliquidityがあります。

●quick to digest new developments
digestは、金融の世界でもずばり「消化する」です。例えば市場参加者が、インフレ率、GDP成長率、個別企業やセクターの業績、天変地異などの「好材料/悪材料」を根拠に、株価などの資産価格が割高か割安かを判断し、高いと思えば売り、低いと思えば買うなどの行動をとった結果として、資産価格が収まるべきところに収まることを、「(市場が材料を)消化する」と表現します。

これと似た表現として「こなす」「織り込む」があります。(いずれ、まとめて取り上げたいと思います)

quick to digestつまり材料を素早く消化できるということは、流動性が充分にあり、市場が正常に機能していることを意味します。

●What we are experiencing as uncomfortable volatility is…
原文通り訳す手もありますが、volatilityが高いからuncomfortableなのか、それとも低いからなのか、英語には説明がありませんので、日本語ではそれを入れた方が落ち着くように思います。

それでは全体を訳してみましょう(ですます調で)。

【本日の課題】(再掲)
Recent market volatility has been extreme, and has justifiably created some anxiety among many investors. While there is still considerable uncertainty around the speed and ultimate extent of the spread of COVID-19 virus, markets have been reasonably liquid and quick to digest new developments. What we are experiencing as uncomfortable volatility is the market’s attempt to ascertain asset values in a slowing and increasingly disconnected world.

【試訳】
市場ボラティリティはこのところ極端に高い水準で推移しており、多くの投資家が不安を感じるのも無理はありません。新型コロナウイルスの感染スピードや、最終的にどこまで感染が拡大するかといった点に関しては、依然として強い不透明感が残りますが、市場では流動性が比較的高い水準に保たれており、新たな動きが生じても早い段階で織り込みが進んでいます。我々投資家を不安にさせる足元の高ボラティリティ局面ですが、これはゆっくりと分断の進む世界で資産の価値を見極めようとする市場の試みなのです。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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