TRANSLATION

第60回 債券見通し③

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。今回も新興国の債券市場に関する見通しの文章(ビデオで「ポートフォリオ・マネジャー」が話した言葉の書き起こし)を見て行きましょう。たった一文ですが、解説ポイントがたくさんありますので、今回は内容の理解のみで、訳出は次回とします。

なお、今回の課題には一度も「債券」を意味する言葉は出てきませんが、前回の課題に続き、「新興国市場債券」についての話ですので、それを念頭に読んでください。

【本日の課題】
Valuations look quite compelling with the investment grade portion of the emerging markets universe providing 50 to 70 basis points of yield pickup versus the developed markets; in emerging markets high yield, giving well over 150 basis points of yield pickup versus U.S. high yield.

●Valuations look quite compelling
金融(財務・会計ではなく証券)の翻訳をやるうえで避けては通れないが、なかなか全貌を捉えることができない概念がvaluationです(わたしだけかもしれませんが)。理解しにくいというのもありますが、文脈によって様々な意味に変化しますので、要注意の用語なのです。

これだけで本が一冊書けてしまうような話ですので、ここでは「証券が割安か割高かを判断する際に用いられる基準」と単純にご理解ください。

株式の場合、代表的なバリュエーション指標としては、株価収益率(PER:price-to-earnings ratio)や株価純資産倍率(PBR:price book-value raio)があります。例えばPERであれば、「株価÷一株利益」ですから、PERが低ければ、「利益を多く上げているのに株価が安い」、すなわち「割安」、PERが高ければ、利益に対して株価が高い、すなわち「割高」という理解になります。

いまは割安だが、今後上昇が見込めそうな株を買って、株価が本当に上昇したらそこで売れば利益が出ますから、投資家にとって「割安株」は基本的に魅力があります。

債券の場合は、他種類の債券の利回りとの格差をいうことが多いようです(新興国債券であれば先進国債券との利回り格差など)。

valuationの訳語はそのまま「バリュエーション」。株式であれば、「株価バリュエーション」「株価評価」も使われます。

compellingも証券関係ではしばしば出てくる言葉でして、辞書には「感動的な」などと載っていますけれど、「魅力的な、妙味がある」などが適当です。

●investment grade portion of the emerging markets universe
格付会社がその証券の元利金払いの確実性、逆に言えば債務不履行(デフォルト)リスクを評価し、成績をつけたのが「格付け(rating)」であり、債務不履行の可能性が低い企業には投資適格(investment grade)の格付けが付与されます。投資をするのに適当な債券ですよ、ということですね。

反対に、経営破綻の可能性が他より高く、格付けの低い債券は、文後半に出てくるhigh yield (ハイ・イールド)に分類されます。ハイ・イールド債(high yield bond)では、投資家は高い債務不履行リスクを負うかわりに、比較的高い利回り(yields)を得ることができます。それゆえの名称です。

universeは、辞書に「母集団」という語義がある通り、ファンドなどが投資候補とする銘柄群のことを言います。このように開いた言い方をしてもいいですし、特定のファンドできっちりと投資対象候補が決まっている場合などは、そのまま「(投資)ユニバース」とするのが普通です。あくまで投資候補ですので、各社はこの中から、それぞれの方法で実際に投資する銘柄を厳選していきます。

●providing 50 to 70 basis points of yield pickup versus the developed markets
pickupの原義は「獲得、取得」ですので、新興国市場(の債券)は、先進国市場と比較して、50~70ベーシスポイント(bp)高い利回りを提供していて、それを獲得できますよ、ということ。専門家相手のメディアであれば、yield pickupのかたまりで「利回りピックアップ」でも大丈夫ですし、一般投資家が相手であれば、普通に「50~70bp高い利回りを提供」などとするのがいいでしょう。

おっと、これまでbasis pointは説明したことがなかったんですね! 金融・証券では重要な概念ですので、次回、丁寧に説明した後、訳に入ることにしましょう。仮の訳としては「ベーシスポイント」で結構ですので、気力と時間のある方は、ぜひご自分で訳にトライしてみてください。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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