TRANSLATION

Vol.11 翻訳とは気持ちを伝えること

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

[プロフィール]

江本千恵子さん
Chieko Emoto
明治薬科大学卒業後、薬剤師として病院に勤務。その傍ら通訳学校で勉強を続け、1981年に通訳者としてプロジェクトに参加。1984年、出産をきっかけに在宅翻訳に転向。翻訳歴19年。英日翻訳を専門とし、IT、訴訟、メディカル、建築、途上国支援、出版関係など、幅広い分野において活躍中。日本語の読みやすさ、訳文の完成度の高さにおいては、クライアントから非常に高い評価を受けている。

Q. もともと薬剤師だったと伺いましたが。

私自身すごく文系なんですが、父が外科医、母が薬剤師という環境に育ったので、自然に自分もそういう方向に進むのかなと思っていたんです。薬科大学に入り、卒業後は病院に入ったものの、何か違うなという思いが自分の中にあって。もともと人と話すことや語学が好きだったこともあり、昼間働いて夜は通訳学校に通うという生活をしばらく続けました。そのうち通訳の仕事を頂くようになったので、薬剤師の仕事は自然にストップしたという感じです。

Q. 英語はお得意だったようですが、通訳学校での勉強は新たなチャレンジでしたか?

大学が理科系だったのでブランクがあったとはいえ、まぁ大丈夫だろうと思っていたら甘かった! クラスで一番の劣等生でした。私自身、「ただ好き」という気持ちだけでこれまでやって来たので、できなくて当たり前、今できなかったら次にできるようになればいいという気持ちだったんです。先生に「横断歩道を渡るときも、お風呂に入るときも教材は手放さない」と聞いて、あぁそれくらいやらないといけないのか……と感じてはいましたが、果たして自分がそれだけやったのかと言われると怪しいですね(笑)。結局のところは、得意不得意ではなく好きか嫌いかなんだと思いますが。

Q. 通訳者から翻訳者への第二の転身は?

子供が産まれたのが一番の理由です。以前から子供は自分の手元に置いて育てたいと思っていました。通訳は出張もありますし、だんだんスケジュール管理が難しくなってきたので、一旦家に入ろうと決めたんです。在宅翻訳を始めたんですが、気が付いたら、ここまで来てしまいました(笑)。「これ一本で食べていく!」と考えていたわけではなく、何となくやってきた感じなんですが、当時からずっと続いている仕事もあって、本当に皆さんに育てて頂いたと思っています。損保会社のPL情報など、当時全く法務関係の知識がなかったにも関わらずお仕事を頂いて、今も息長くご依頼頂いているのは本当に有難いです。
ここから翻訳が生まれる

Q. 翻訳のやりがいは?

自分が考えている日本語と、原文の文章のイメージがぴったり合った時は嬉しいです。原文の内容が理解できても、ちょうどいい日本語が浮かばないときは苦しいんですが、それが分かると目の前が明るくなります。書き手の性格が自分と似ていると、巫女にでもなったように夢中になって翻訳している自分がいます(笑)。そういう時は、あぁ私ってこの仕事がほんとに好きなんだなぁと思う瞬間ですね。

Q. 翻訳の難しさとは?

翻訳するからには、きちんと人に伝わるものでないといけないと思っています。例えば翻訳された仕様書で、読んでいると全く頭に入らないものもあるんですよ。「伝える」という気持ちが欠けてしまったのかしら? と思うことがあります。私自身も、たまに主観的な文章になってしまうことがあるので、何度も読み返すようにしています。翻訳者は言葉のプロであって、必ずしもそれぞれの分野のプロではないと思うんです。例えば私がIT関係をやるからといって、ITに関する知識なら誰にも負けません、ということではないんですよ。「伝えたい」と思うことが大切なんだと思います。

Q. 心がけていることは何ですか。

私はいろんな意味で、職人タイプだと思います。常に書き手(読み手)を考えて翻訳します。書き手(読み手)に合わせて、どういう言葉を使うべきかを考えるんです。最後まで丹念に読まなくても、さーっと読んでも頭に入るような仕上がりを目指しています。もちろんモノにもよりますが、途中で最初に戻って読み返さないといけない翻訳はダメだと思うんです。読み飛ばしても、斜め読みしても内容が理解できるような翻訳、日本語として自然に読んで頂けるような完成物を目指しています。

Q. 江本さんの強みは?

一番は「この仕事が好き」ということです。理科系の学校を出ていることもあり、理論的に考えることができることでしょうか。息子にはいつも否定されるんですが(笑)。例えば理科系の翻訳依頼が来ても、拒絶反応を起こすようなことはありません。

Q. 1週間のスケジュールは?

休みなく働いています(笑)。もちろん休むときには休みますが、それでも丸一日休むことはありません。こう言ってしまうと、まるで売れっ子みたいですが!
もともと人と話すのが好きなのに、一旦翻訳で自宅にこもってしまうと、次に人と会った時に距離のとり方が分からなくなるんです。人から誘われたらなるべく外出するようにしています。フリーなので、強制的に自分で休みを取らないと、永遠に仕事に追われているような気持ちになるんです。土日はやらない! と決めておけばいいんでしょうが、貧乏性というか、仕事を頂くとついつい受けてしまいますね。

Q. ご趣味は?

料理です。翻訳していて集中力が途切れてくると、料理やアイロンがけをします。いい感じに気分転換できるんですよ。しばらくして再び机に向かうと、なんだこんな簡単なことが分からなかったのかと目の前が明るくなるときがあります。とにかく行き詰ったら、無理はしないで他のことをするようにしています。そのまま続けてもいい結果は出ませんので。

Q. お仕事として請けるのは、英→日のみと伺いましたが。

はい、英日だけです。日英ができないわけではありませんが、英日翻訳だけでも極めていくのは大変なことなので、お金を頂戴しながら日英の仕事をするのは罪だわなんて思っています。自分の母国語ですら言葉の選択に迷うくらいですから(笑)。これは在宅翻訳を始めた頃から徹底しています。
「最近翻訳した本」

Q. 今後、通訳のお仕事を請ける可能性は?

もう怖くてできません(笑)! 翻訳だと見直せるし、考える時間がありますが、それを瞬間的に行うのは怖いですね。通訳学校で、「あなたは翻訳向きね」と先生に言われたことがあったんです。すごくショックで、あぁ私は通訳としてはダメなんだと思っていたら、「あなたは調べるのが苦じゃないでしょう?」と言われたんです。あぁそうだったのかと思って、今までずっとその言葉に励まされて来ました。変に完璧主義のようなところがあって、納得するまで調べないと気がすまないんです。通訳のように、瞬間的に訳していくとなると、詰まった時に頭が真っ白になってしまいそうで。そういう意味でも翻訳にシフトしてよかったのかもしれませんね。

Q. 翻訳者を目指す人へのアドバイスをお願いします。

継続は力なり、好きなら諦めないことです。何度挑戦してもトライアルに合格できない人は、「英文和訳の域を出ていない」からかもしれません。英文和訳から翻訳への分岐点は、日本語能力だと思います。縦のものを横にするのではなく、いったん頭の中でぐちゃぐちゃにして、浮かんだ情景を日本語で表現するんです。英語ができる方はたくさんいらっしゃいますが、翻訳者として生活するだけの仕事を得るには、日本語能力が必要です。自分の翻訳が絶対だとは思わず、客観視することも必要です。

<編集後記>
江本さんのご自宅にお邪魔しました。とってもチャーミングでエネルギッシュな方です! 理論的に考えることができるというくだりで、「全く理論的なんかじゃないじゃん!」との息子さんの指摘に、えへへと笑顔で答えていた江本さん、まるで恋人同士のようでとっても素敵でした。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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