Vol.56 フリーランス翻訳者1年目の心境①
【プロフィール】
寺島綾乃 Ayano Terashima
2014年にテンナインに入社後、4年間、翻訳部コーディネーターとして勤務。その後、インハウス翻訳者として計2社への派遣を経て、2022年よりフリーランス翻訳者デビュー。以来、テンナインより途切れることなく案件をご依頼しています。周囲も驚くほど順調にフリーランス翻訳者としてのキャリアをスタートさせた寺島さんに、元同僚である松本がインタビューしました。
寺島:このような機会をいただいて、本当にありがたい限りです。ありがとうございます。
松本:10問くらい質問を用意したんですけど、まず謝罪から始めようかなと思って…。
本当にすみませんでした!!
寺島:どうしてですか(笑)
松本:実は寺島さんが「フリーランスになる」と聞いた時は、最初は心配でした。言ってしまえば、寺島さんの実力や覚悟を甘く見ていた気がします。
寺島:それはそうですよね、わかります。
松本:最初は「え、大丈夫?」っていうのがあったわけです。なぜかというと私が翻訳部にいて、実情を一番分かっていたからです。競争率が激しい業界で、どれだけ実力が備わってたとしても、一握りの人にしか定期的に依頼ができないことを分かっていたからこそ、フリーランスでお金を稼いでいけるのか、という心配がありました。それに元同僚だからというだけの理由で、えこひいきで翻訳を依頼するつもりもなかったので。
フリーランス翻訳者として定期的にお仕事をもらうには、非常に高い翻訳スキルが求められます。
一緒に働いていた、そしてプライベートでも交流があった寺島さんは、とても身近な存在だったので、「フリーランス翻訳者」というイメージが持てませんでした。すみませんでした。こんなにすごい人だとは思ってなかったです。
寺島:そう仰っていただき、本当にありがとうございます。
松本:今は寺島さんのことをとても信頼していて、心強いです。こんなに頻繁に依頼している人はほぼいないのではないでしょうか。もちろん高い翻訳スキルも理由ですが、それ以外にもチェックやポストエディットも受けてくれたり、レイアウト作業(※Power PointやWordなどで翻訳時にレイアウトが崩れてしまった時、訳文を原文と同じレイアウトに調整する作業)もやってくれたり、すごく柔軟性があるからこそですね。
寺島:嬉しくて泣きそうです。
松本:繰り返しになりますが、甘く見ていてすみませんでした。フリーランス翻訳者になってくれて本当に良かったです。いつから翻訳者になりたいと考えていたのですか?
寺島:少し前の話になるのですが、高校時代の友人と会ったときに「私、翻訳者になったよ」って話をしたら、「夢叶ったんだ!おめでとう!翻訳者になりたいって言ってたもんね」と言われて。私、高校生の時、翻訳者になりたいって言ってたんだって思い出しました。
松本:それは英語が好きだから?
寺島:翻訳者は多分みんなそうだと思うんですけど、本や文章が好きなんですよね。元々英語は好きでしたが、どちらかというと本が好きの方が勝るかな。
学生時代は読書感想文を書くのがすごく好きで、よくコンクールに応募していました。文章を書くことが好きで、かつ英語も得意な方だったので、自然と翻訳者という道に進みたいという気持ちになったんだと思います。
松本:自分で文章を書く小説家ではなくて、既に書かれてるものを訳す翻訳者になりたかったのですか?
寺島:実はそっちも興味があります(笑)。
松本:え!小説書いてるんですか?今度見せてください。
寺島:趣味程度です!(笑)まだ全然お見せできるようなものではないですけど。
松本:ぜひぜひ小説も書いてほしいですね!ある翻訳者さんは自分で気になる小説を見つけてきて翻訳しているらしいですよ。この前同人誌を作ったと聞きました。寺島さんの小説はどんな内容ですか?
寺島:まあそれは長くなるので、この話はまたの機会で!!(笑) 出版翻訳もすごく興味はあります。でも、それは少し未来のビジョンですね。今はとにかく、軌道に乗ってきたビジネス翻訳のほうを優先したいです。話は戻りますが、とにかく小さい時から文章を書いたり、本を読んだりするのが大好きでしたね。
松本:小さい時から文章や言葉に対して強い思いがあったのですね。
寺島:そうですね。大学は外国語学部に行って。そこではドイツ語専攻でした。就活の時は迷いましたね。語学を活かしたいなという思いもありつつも、翻訳者になりたいとは明確に思っていなくて。当時は記者になりたかったんですよ。
松本:記者?!
寺島:文章を書くのも好きなんですけど、問題を調べたり人と話したりするのも好きなので。新聞社を片っ端から受けて…。結論から言うと全部落ちたんですよ。当時はすごくショックでした。
でもとにかく就職しなきゃいけないので、第2希望だった旅行会社に入りました。旅行会社では、職種が法人営業だったんですよね。もう目から鱗というか。私が営業!?と思って。経歴が外国語学部で、国際経験もあったので、なんとなくアウトバウンドとかインバウンドなどの国際系の部署に行くと思っていたんですけど、まさかの法人営業。でも営業も楽しかったです。社会人としての基礎はそこで身に付いたので、その経験は今にも繋がっています。ただ、英語や本などの元々自分が好きだったことからあまりにもかけ離れた仕事だったので、何年か勤めている内にやはり何か欠けている気がして、辞めました。
その後は、短い期間ですが図書館の司書になりました。司書の資格をもともと持っていたので、原点に戻った感じですね。本に埋もれて生きていけるので、司書もすごく楽しかったです。でも、実際の業務としては本の貸し借りや棚の整理など、結構単調なものが多く、やはり仕事のやりがいとしてはちょっと足りなくなってきちゃって。「本当に自分のやりたい事ってなんだろう」と改めて自分自身としっかり向き合った時期でした。そこでやっと、やはり自分は本や文章が好きだし、英語も好きで、両方を活かせる仕事がしたいと気付きました。
その流れで翻訳会社という選択肢にたどり着き、テンナインに入りました。いくつか同業他社も受けたんですけど、テンナインにご縁があって入社になりました。
松本:いくつか受けた中で、なぜテンナインだったんですか?
寺島:面接を受けてから、合格の連絡を頂いたのがとても速かったんです。トントンと話が進んでいきました。そこにインスピレーションを感じて…(笑)。
松本:社会人になった後、もしくはなる前からずっと翻訳の勉強はしていたのでしょうか?
寺島:翻訳の勉強を始めたのは、コーディネーターになってからです。
松本:翻訳者になりたいという思いがあって、翻訳コーディネーターになったのでしょうか?
寺島:最初は、翻訳業界を知りたいという思いでした。その時は確固たるビジョンはなかったんですけど、実際に翻訳コーディネーターとして翻訳業務に携わるうちに「翻訳者になりたい」という思いが強くなり、本格的に勉強を始めました。
松本:スクールには通いましたか?
寺島:はい、通学と通信両方で学びました。日英も英日も両方勉強しましたね。あと、私もある翻訳者さんのインタビューを担当した事があって、その方に教えて頂いた、雑誌や新聞記事を自分で英訳した文章を英語ネイティブの方に見てもらうというのをやっていました。あれはすごく勉強になりましたね。結構続けていました。
松本:興味深いですね!寺島さんの強みは「和訳」じゃないですか。寺島さんも綺麗な日本語が好きで、和訳に自信を持っていると思うんですけど、なぜ英訳に力を入れようと思ったんですか?
寺島:英訳のトレーニングは和訳にも繋がるんですよ。日本の日常生活では、なかなか英語的な発想を出来る場がないですよね。やはりどうしても日本語脳で考えてしまうので。そういう意味で「英語脳」を鍛えられる場が欲しかったんです。
松本:なるほど。原文の英語も本質的に理解していないと、それにピタッとくる日本語っていうのはなかなか見つけられないんでしょうね。
寺島:日本語から英語に訳す事で勉強になる事もいっぱいあるんですよね。いつかは日英の案件も自信を持って受けられるくらい英訳をブラッシュアップさせたいという思いはあります。やはり翻訳者なので綺麗な文章が好きなんですよね。
松本:なぜテンナインが今、寺島さんにたくさん依頼しているかという理由の1つに、もちろん才能もあるんですけど、メールからヒシヒシと伝わってくる「この人は翻訳がすごく好きなんだろうな」という感情があります。モチベーションに溢れている…。それはただお金を稼ぎたい、仕事を増やしたい、生計を立てたいとかだけではなく、もっと本質的にメールからも「翻訳がすごく好きなんだな」というのが伝わってくるんですよね。
寺島:え…嬉しいです!
松本:それって結構重要で、ついこっちもお願いしたくなるんですよ。
寺島:なんだか恥ずかしい(笑)。でも本当に嬉しいですね。
松本:そういった面も含めて、私は本当に分かっていなかったなと。同僚だった時は、淡々とコーディネーションの仕事をしている姿しか見ていなかったので、そんなに翻訳が好きで情熱に溢れてるとは思っていなかったです。綺麗な文章が好きで、自分でも組み立ててみたいっていう心の底からくる言語愛みたいなものを今は感じます。
寺島:今、毎日が本当に楽しいんです。もちろん子育てもあって忙しいんですけど…。社内翻訳者もやっていましたが、やはりフリーランスとして独立したことで、ようやく翻訳者としての第一歩を踏み出せたので。
去年1年間育休取っていたのもあって、ようやく生きてるって感じがします(笑)。自分の人生を生きてる。そして自分がやりたかったことができてるっていうのがすごく嬉しいので、モチベーションを評価していただけてるというのはすごく嬉しいです。
松本:テンナインと寺島さんは理想の関係に近いですよね。お互いがとてもWin-Winなので。寺島さんはこちらが必要としているチェック作業やポストエディットも積極的に引き受けてくれますし。
寺島:翻訳に関わること全般が好きなので。ポストエディットもチェックも楽しいんですよ。
松本:翻訳コーディネーターのお仕事は振り返ってみていかがでしたか?
寺島:楽しかったです。コーディネーターも結構天職だったんじゃないかなと思っています。先ほども言った通り人と話すのが好きなので、クライアントや翻訳者とコミュニケーションを取るのは楽しかったです。何より、素晴らしい翻訳者の皆さんの訳文に触れられたり、様々な翻訳スタイルを知ることができたりすることも大きな利点でした。
「翻訳者になりたい」とか「翻訳に関わりたいけど、どういう風に始めたらいいかわからない」といった人には、コーディネーターのお仕事は本当におすすめだなって思います。それで翻訳者への向き不向きも分かるだろうし、実際の流れも分かるだろうし。私自身がそうだったので。
松本:コーディネーターを経て翻訳者になることのメリットがあるんでしょうね。
寺島:メリットだらけだと思います。コーディネーターの気持ちや求めている事が分かるようになるので、できるだけ寄り添った対応ができるようになりますね。依頼されたことプラスアルファで、「ここはこうしましょうか?」という風に自分から提案できたり。自分に余裕があればの話にはなりますけど…。
松本:細かいレイアウト調整をしてくれるのは本当に有難いんですよね。
寺島:レイアウト調整が苦にならないんですよ(笑)。あと、コーディネーターを経ると、クライアントの気持ちも想像しやすいですね。クライアントだったらこうしてほしいだろうなという視点からも考えます。あえて指示されなくても、クライアントから求められていることが分かることも、コーディネーターを経験したことの大きな強みに感じます。
松本:最終納品物を作り上げるにあたってクライアント側の最終確認や協力が必要だったりしますもんね。
また、納品した後の「次」を想像できるっていうのは、コーディネーターにも翻訳者さんにも結構重要だと思います。納品したものがあるからこそ、どこかの誰かの次のアクションが起きるわけですよね。例えばある製品の紹介に関する資料だったら、その資料の翻訳を見て、誰かがその商品を買うかもしれない。そういう風に世の中の次のアクションを生み出しているんですよね。
寺島:私も本当にそう思います。そういう風に、間接的にでも「自分が助けになれている」「貢献できている」というのが嬉しいですね。
松本:私たちのお仕事が次のアクションを生み出してるっていうことをイメージすると、コーディネートも翻訳も「ここはこういう風にした方が良い」という工夫が思いつきやすいですよね。
寺島:そうですね。そういう意味では、自分の翻訳物がどのように使われるのか、どういった背景があるのか、どういうクライアントなのか、過去の訳文はどんなスタイルかなどの情報もきちんと調査した上で翻訳することが本当に重要だと考えています。今は便利なことにWeb上でかなり細かい情報まで調査できるので、翻訳者の仕事の半分は調査なんじゃないかなと思うほど私は細かく調べまくっています。そうすることで、クライアントが求める訳文にできるだけ近づけられると思うので。
松本:次は翻訳の勉強方法について掘り下げたいと思うんですけど、何が一番役に立ちましたか?
寺島:毎日、色々なことの積み重ねで力をつけてきたので、これが一番という方法はないですね。先ほどの英文添削もずっと続けていました。一日でぐんと伸びる事はないので、やはり一歩一歩の積み重ねが重要かなと。好きだから続けられているのだとは思うんですけど…。毎日、ひとつひとつの案件を大事にしながら、この表現の方がいいのかな、こっちの方がいいかなって悩みながら学び、吸収し続けている感じです。
これは皆さんやっている事だとは思うんですけど、自分用のメモをファイルにまとめています。自分の翻訳の癖、いいなと思った文章、要注意用語などをまとめた用語・例文集のようなものですね。以前までは紙のノートにまとめていたのですが、数が膨大になってくると百科事典みたいになってすぐに参照できなくて(笑)。今はExcelファイルにまとめて、いつでもすぐに調べたいことを探せるような形に変更しました。
あとは、翻訳のチェックはすごく勉強になりました。お上手な方の訳文チェックは特に勉強になります。
松本:言ってしまえば、「盗む」という感じですかね。
寺島:そうです、そうです。私も盗みまくっています(笑)。チェックもそうだし、綺麗な日本語の文も参考になります。記事とか雑誌とか本とか、何でもいいんですけど、とにかく綺麗な文に触れると、それが自分の糧になるので。
松本:最初は真似ることから始めるって言いますもんね。ゼロからのスタートの時は、真似ていきながら少しずつ自分のスタイルを作り上げていくのかもしれないですね。
寺島:そうなんですよね。本当に難しいです。原文の意図を壊さずに綺麗で自然な日本語にするために、日々一文一文考察しながら取り組んでいます。