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Vol.56 フリーランス翻訳者1年目の心境②

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

【プロフィール】
寺島綾乃 Ayano Terashima

2014年にテンナインに入社後、4年間、翻訳部コーディネーターとして勤務。その後、インハウス翻訳者として計2社への派遣を経て、2022年よりフリーランス翻訳者デビュー。以来、テンナインより途切れることなく案件をご依頼しています。周囲も驚くほど順調にフリーランス翻訳者としてのキャリアをスタートさせた寺島さんに、元同僚である松本がインタビューしました。

<Part①はこちら

【インタビュー記事 Part 2】
松本:翻訳コーディネーターを経て、COWプロジェクトに参画され社内翻訳者として派遣されましたが、当時の経験を振り返っていかがですか?

寺島:COWプロジェクトを通して御社から翻訳者として合計2社に派遣していただきました。1社目は大手IT企業のプロジェクトでした。最初は1カ月の短期派遣の予定だったのですが、プロジェクト期間が延長され最終的には約半年働きました。翻訳者として初めての経験でしたので、最初は不安しかありませんでした。今になって思えばあの時尻込みせずに思い切って飛び込んで良かったと思っています。IT分野はコーディネーターやチェッカーの仕事の際に触れたくらいで、専門的なバックグラウンドは全くありませんでした。日々たくさんのことを学び、調査し、試行錯誤しながら翻訳者として働いたのですが、想像以上に自分でも出来ることに気付きました。専門的な知識を吸収しながら翻訳を進めるという経験は大変勉強になりましたし「やればできる」という自信にも繋がりました。

松本:いい派遣先に巡り合えてよかったですね。

寺島:人材サービス部(通訳・翻訳者の長期派遣案件を担当する部署)の濱道さん(シニアコーディネーター)が当時未経験の私をクライアントに熱心に推薦していただきました。今でも本当に感謝しています。その次の派遣先も皆さんが尽力して探していただきました。工藤社長や当時の上司が尻込みする私の背中を「行ってらっしゃい」と思いっきり背中を押してくれました。本当に心強かったです。COWプロジェクトとして組織横断的に翻訳者としての独り立ちをサポートしていただけたので、そういう意味でもテンナインに入社して本当によかったと思っています。

松本:2社目の派遣先は製薬会社でしたよね?

寺島:そうです。2社目は製薬会社の社内翻訳者として派遣されました。1社目のIT企業よりかなりシビアなポジションでした。最初に求められたのはスピードでした。広報部所属でしたので、プレスリリースなど社外向け資料を多く翻訳しました。スピードはもちろん、翻訳の質も求められました。両立を同時に求められる厳しい環境だったのですが、自分を追い込むことによって確実に翻訳力が付いたと思います。

1社目と同様、用語を理解し、業界知識を増やすなど少しずつ慣れることでスピードアップすることができました。社内翻訳者というポジションはクライアントが求めていることやフィードバックを生で聞くことが出来ます。フリーランスの場合は納品後にその翻訳に関してフィードバックをもらえる機会はそんなに多くありません。フィードバックをダイレクトに受け取れるのは社内翻訳者の最大のメリットで、学びも多かったと思います。また前任者もテンナインから派遣されていた翻訳者、武居さんだったこともあり、丁寧な引継ぎやアドバイスをいただき本当に助かりました。

松本:寺島さんのように社内翻訳をいくつか経験して、その後フリーランスになる方がいいのでしょうか?

寺島:それはその人が歩んできたキャリアによって違うと思うので、一概にどれが正解とは言えません。特定の業界知識や、翻訳経験があれば社内翻訳者の経験が必ずしも必要だとは思いません。ただフリーランスの場合は最初から安定的に仕事の依頼があるかどうか、保証はありません。私もそうでしたが、いきなりフリーランスとして独立することに不安を感じる方が多いのも事実です。まだ経験が少ない、またはそもそもどうやって翻訳者になればいいのか分からない場合は、社内翻訳を検討されるのもいいかと思います。

松本:フリーランスになる決意をした時の経緯やきっかけを教えてください。

寺島: 1年間は育休で仕事を休んでいました。復帰の時点では、翻訳者としてのキャリアが積めるのであれば、社内翻訳者でもフリーランスでもどちらでも良いと考えていました。復帰前に工藤社長との面談で「小さい子供がいるならフルタイムで時間に拘束される社内翻訳者より、フリーランスの方がいいんじゃないか」とアドバイスをいただき、また背中を押していただき決心できました。実は今でもフリーランスの働き方にこだわっている訳ではありません。まだ経験したことがない業界もたくさんありますので、今後もし事情が許すなら社内翻訳に戻るのもいいかなと思っています。今は子供がまだ小さいので、しばらくはこのままフリーランスを続けたいと考えています。

松本:フリーランス1年目ですけど、不安やプレッシャーは感じますか?

寺島:色々大変なことはありますし、考えればきりがないですが、一言で言うと「楽しい!」ですね。社内翻訳者として働いていた時は、専門知識は身につきますが、内容がどうしても偏ってしまいます。フリーランスはとにかく色んな分野の案件をご依頼いただくので、様々な業界の事を知ることができて勉強になっています。

大変さより「生きてる!」という実感がありやりがいを感じています。一文一文と向き合って、知らない用語や原文の背景を調べながら訳文を作ります。日本語としてすんなり頭に入ってくる文章をつくるという作業に、四苦八苦しながらも楽しく取り組んでいます。翻訳部メンバーの一人としてお役に立てている、貢献できているという実感が何より仕事のやりがいです。仕事に邁進したいのですが、子育てと仕事の両立という点では、まだまだ苦戦しています。

松本:例えばどのような時でしょうか?

寺島:一番は子どもの体調です。普段は保育園に預けていますが、まだ小さいので頻繁に体調を崩してしまいます。当然保育園には預けられないので、そういう場合は仕事時間の確保がかなり難しくなります。

松本:今まで寺島さんが約束した納期に間に合わなかったことはなかったと思いますが、そういった緊急事態はどうやって切り抜けていらっしゃいますか?

寺島:実は子供を寝かしつけた後、夜中から早朝まで仕事をします。一度引き受けた仕事は何があっても必ず時間通りに納品するようにしています。ただ子供が病気の場合はすぐに寝てくれなかったり、夜中何度も起きてしまったり、集中して作業できないこともありました。納期まで時間が厳しい場合は、実家の助けを借りるなど工夫しています。実は工藤社長に「これから翻訳者として長く仕事を続ける上で、体は資本なので無理しないように」と怒られたこともあります。しかし私はまだ1年目の駆け出しです。今はがむしゃらにやりたい時期、というかやらなきゃいけない時期だと思っているので、睡眠時間を削ってでも頑張ってしまいます。今後は長期的に続けられるように少し余裕をもって仕事に取り組むようにしていきたいと思っています。

松本:僕は寺島さんが1年目にして活躍している理由は4つあると思います。まず「才能」、チェックやポストエディット、レイアウト調整もやってくれる「柔軟性」、そして「高いモチベーション」…。そして最後は「アベイラビリティ(availability)」つまり「どんな時でも、引き受けてくれること」です。納期が厳しくても、快く引き受けてくれるというのは紛れもなく寺島さんの魅力の一つです。もちろんテンナイン出身者であるから、優先的に引き受けていただいていると思っています。

誤解を恐れずにお伝えしますが、どんな時もどんな状態でも引き受けてもらえるということは、エージェントとしては本当にありがたいことです。

寺島:もちろん他社にも登録してお仕事をいただいておりますが、基本的にはテンナインからのご依頼が一番多いですし、良い関係を築けられているといいなとは思います。私は可能な限りエージェントにとって「都合のいい翻訳者になりたい」と考えています。都合がいいという言葉はいい印象はないかも知れませんが、コーディネーター経験があるからこそ、ご依頼いただいた時の気持ちが分かります。だから出来る限り柔軟に動きたいと考えています。テンナインは私にとってホームエージェントです。逆に、もうちょっとこうして欲しい、ここの分野を伸ばしてほしいという希望はありますか?

松本:今リソースが不足していて、今後需要がありそうなのは「ゲーム」や「宇宙産業」の分野です。そういう風に新規分野を開拓していってもらえるといいかなと思います。

寺島:両方とも興味のある分野なのでやってみます。

松本:次の質問は「綺麗な日本語」についてです。機械翻訳が発達しているなかで、翻訳者として生き残る道は、AIには作ることのできない「読みやすい綺麗な日本語」にあると考えています。「綺麗な日本語」はどうすれば身につきますか?

寺島:難しい質問ですね。私も勉強中で完全に身に着けた訳ではありませんが 「綺麗な日本語」と言われる文章に出来るだけ多く触れて、盗むことだと思います。そういった積み重ねで自分の中の引き出しが増えていきます。素材は映画でも、本でも、Webの記事でも、なんでもいいと思いますが、書籍の日本語の完成度は高いと思います。本はプロの編集者や校正の目が何度も入って完成する創作物なので「綺麗な日本語」の塊です。勉強するぞと肩に力を入れずに、楽しみながら読んで身につけられるのは大きいですよね。

松本:以前時代小説が好きだと聞いたことがありますが、どんな本を読みますか?

寺島:ジャンルを決めずにいろんな本を読みますが、藤沢周平や辻村深月が好きです。ホラーとミステリーの要素が混じっていて、読みやすくて面白いです。小説以外にも、実務書なども色々読んでいます。

松本:もしかしたら自分自身で文章を書くこともあるんですか?

寺島:まだ趣味の範囲ですが、実は小説を書いています。

松本:是非完成した際は読ませてください。どんな内容ですか?

寺島:まあそれは長くなるので、またの機会で!!(笑)短期的な目標はビジネス翻訳を極めることですが、長期的には出版翻訳にも挑戦してみたい。またドイツ語は大学時代の留学期間も含めると5年間勉強していたので、中長期的にはドイツ語をビジネスレベルまでブラッシュアップしたいと思います。

とにかく今は英語のビジネス翻訳者として波に乗ることが第1目標で、24時間365日、昼夜問わず翻訳をやりたい気持ちです。自分のキャリアの中で今は無我夢中で仕事をする時期だと思っていますし、年齢的にも今しかできないと思っています。

松本:本当に言葉が好きなんですね。テンナインにはたくさんの優秀な通訳者や翻訳者の方々がご登録してくださっていますが、皆さん一様に言葉に対して強い愛情とこだわりを持っていらっしゃいますね。それこそ尋常ではないくらい(笑)。本当に尊敬しています。最後に翻訳者を目指している人達に対してメッセージをお願いします。

寺島:私自身もそうでしたが、まずは恐れず挑戦してください。フリーランス1年目で、偉そうなことを言える立場ではないと思いますが、自分がやりたいことに一歩進むと、次にやるべき課題が見えてきます。まず翻訳コーディネーターになるとか、社内翻訳のポジションに応募するなど最初は何でもいいかと思います。万が一落ちたとしても、また自分のスキルを上げていけばいいだけです。例えば翻訳スクールに通って勉強しようという選択肢が見えてきますよね。まずは行動を起こしてみないと自分に足りないものもわからない。何事もまずは挑戦することです。

松本:最後にもう一度謝ります。先ほど「24時間365日やる」って言った時の目は本物でした(笑)。寺島さんの翻訳に対する覚悟を実感できました。これからもよろしくお願いします。今日はありがとうございました。

寺島:はい、こちらこそよろしくお願いします。ありがとうございました。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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