TRANSLATION

英英辞典をひく重要性

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回は、英英辞典をひく重要性について考えてみたいと思います。

ポケット版の英和辞書は収録されている訳語の数も限られていますので、そこに載っている訳語を絶対視する人は少ないでしょうが、英和中辞典となるとかなり信用してしまいがちではないでしょうか。

しかし信用しすぎるのは危険です。というのも英和中辞典に載っている訳語といえども、ぴったり当てはまらないケースがあるからです。

今回はその一例を見てみましょう。次の英文は色に関する本からの引用です。やや難しめの文ですので、注意していただきたい箇所を除いて全訳を載せておきましょう。

注意していただきたい箇所は前半にある infants と後半にある newborns です。

Color is one of the first things infants see and differentiate.  We’ve all heard that infants see in black and white (dark and light), and new parents often salt-and-pepper their newborns’ room with black-and-white mobiles, posters, stuffed critters, and the like.

試訳① infantsが最初に見分けられるようになるものの一つが色です。infants が周りのものを白と黒(光と闇)で見ていることは知られており、はじめて子をもつ両親は、よく newborns の部屋に白黒のモビール細工、ポスター、ぬいぐるみを持ち込んで、部屋の中を白と黒で埋め尽くします。

infant の意味が「幼児」であることは大抵の人は知っているでしょうが、念のため、infant の定義を英和中辞典で調べてみましょう。上の英文では名詞として使われていることは明らかですので、名詞の定義だけを見てみましょう。某英和中辞典にはつぎのような定義が載っていました。

1 a 幼児、小児

b (英)幼児学校の児童(5~7歳)

2 (法)未成年者({米}では州によって18から21歳未満、{英}では18歳未満)

念には念を入れて、もうひとつ別の英和中辞典で調べてみると、つぎのような定義が載っていました。

1 a 幼児、小児:(主に英)幼い児童(8歳未満)

b (英)幼児学校の児童(5~7歳)

2 (法)未成年者({米}では21歳未満、{英}では18歳未満)

2つの英和中辞典にこのように載っていたので、infantを「幼児」と訳してよさそうに思えてきます。

一方、newborn のほうはどうでしょうか。簡単すぎて辞書をひくまでもなさそうですが、一応ひいてみると、前者の英和中辞典には「新生児」という名詞の訳が載っており、後者の英和中辞典には名詞の訳語は載っておらず、「生まれたての」という形容詞の訳語だけが載っていました。

それでは、infant に「幼児」を、newborn に「新生児」を当てはめて訳文にはめ込んでみましょう。

試訳② 幼児が最初に見分けられるようになるものの一つが色です。幼児が周りのものを白と黒(光と闇)で見ていることは知られており、はじめて子をもつ両親は、よく新生児の部屋に白黒のモビール細工、ポスター、ぬいぐるみを持ち込んで、部屋の中を白と黒で埋め尽くします。

この訳文をよく読んでみてください。おやっと思わないでしょうか。最初のほうでは幼児の話をしているのに、なぜ途中から新生児の話に変わっているのでしょうか。

それだけではありません。「幼児が周りのものを白と黒で見ている」というのは本当でしょうか。例えば、5歳の幼児が本当に回りのものを「白と黒だけで見ている」のであれば、色の名前など言い当てられるはずはありませんが、現実には5歳児が色の名前を口にすることがあることくらい誰もが知っていることです。

では、どうすればこの疑問が解決できるでしょうか。こういう場合は、英英辞典をひいてみるのも一つの手です。『ロングマン現代英英辞典』で infant を引いてみると、つぎのような定義が載っていました。

a very young child or baby

これを直訳すれば、「ひじょうに若い子供、または赤ん坊」となります。

私がひいた2つの英和中辞典にはinfantの訳語に「赤ん坊」は載っていませんでしたが、英英辞典を引いてみると、baby(赤ん坊)のことも指すことが分かります。

つまり、上の英文中の infant も newborn も同じ意味で使われていたと解釈すると辻褄が合います。そこで両方とも「新生児」と訳すことにして、訳文を修正してみましょう。

宮崎訳:新生児が最初に見分けられるようになるものの一つが色です。新生児が周りのものを白と黒(光と闇)で見ていることは知られており、はじめて子をもつ両親は、よく新生児の部屋に白黒のモビール細工、ポスター、ぬいぐるみを持ち込んで、部屋の中を白と黒で埋め尽くします。

英和辞典をこまめに引くことは大切ですが、英和中辞典に載っている訳語がすべての英文にぴったり当てはまるというわけではありません。訳文を読み返してみて何かがおかしいと思ったときは、英英辞典を引いて確かめてみましょう。

今回は、英英辞典をひく重要性について例を挙げて説明してみました。

 

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記事を書いた人

宮崎 伸治

広島県生まれ。大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。
産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業、日本大学法学部および商学部卒業。
英検1級、英単語検定1級等英語・翻訳関係の資格23種類を含め、法律関係、IT関係、教養関係等の資格を含め合計130種類を超える資格保持。
趣味は英語、独語、仏語、西語、伊語、中国語の原書を読むこと。
ソフィア・外国語研究協会代表
https://w-sophia.com

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