INTERPRETATION

第38回 好きなものは好きでいい

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日、娘の授業参観へ出かけてきました。なんと教室前方には大型テレビ画面が。しかも教科書が映し出されてタッチペンで書き込みができるという仕様になっていたのです。噂には聞いていた「電子教科書」です。予想以上に早く身近な場所でお目見えしたことに、改めて技術進歩の速さを感じました。

一方、私はと言えば、PCメールこそやるものの、ケータイメールの操作方法すらわからない「超アナログ派」です。3月の東日本大震災ではケータイ自体が使えなくなってしまったため、「いざというとき頼りになるのは自分の直感だから仕方ないかな」と半ば開き直り(?)、デジタルに移行しない状態が続いています。ちなみに我が家のテレビはブラウン管です。マンションでケーブルテレビに加入しているため、「デジアナ変換」がなされるためか今でも立派に映ります。もっとも色出力が壊れて画面は目下ピンク色です。仕事柄、職場でテレビ画面をたくさん見る分、家ではほとんどテレビを見ないため、「サムライブルー」も「サムライピンク」になっています。いよいよ画面が映らなくなったら買い換えます。

さて、それほどにアナログ状態ではあるのですが、デジタル時代の今でもなお、私が楽しく取り掛かっている趣味があります。「地図」「時刻表」「短波ラジオ」「手紙書き」です。

手紙書きに関しては、これまでも何度かこのコラムで書いたのですが、とにかく手書きの文字というのが好きで、今でも時間が許す限り、ご無沙汰している人などに手紙をせっせと書いています。「今は秋だから、秋らしいポストカードにしよう」「旅行先では風景印を押してもらって投函しよう」という具合に、半ば自分の楽しみで手紙を書いては送っています。もちろんパソコンメールも毎日フル稼働ですが、あえて手紙を書くことが私にとってのリラックスタイムです。

一方、「地図」はもっぱら「ながめることで疑似トラベル体験」を楽しんでいます。先日の北海道旅行でも、図書館であらかじめ「北海道全域道路地図」なるものを借りて、電車の窓から見える駅名などを地図上で探し出しては楽しみました。「あ、あの山は○○山ね。標高□△×メートルか~」「この湖は△△湖だなー。ここから見えるよりもずいぶん向こうまで広がっているんだな」という具合に一人で地図と対話ができました。

「時刻表」も同じく「疑似トラベル体験」必須のアイテムです。今の時代、パソコンで路線検索やフライト検索など、優れたソフトであっという間に調べることができます。けれどもその一方で電車の時刻表を見ていると「あ、この電車はこの駅で切り離して、こっちに行くのだな」とか「入線時刻が早いということは、鉄道マニアも写真が撮れるなあ」などと想像することも可能です。フライト時刻表に関しては、「この便の機材はエアバスね。客席はどれぐらいかしら」などと考えては、別ページで座席配置図なども見て楽しんでいます。

「短波放送」は私が小学校時代、とてものめりこんだ趣味です。当時私は父の転勤でイギリスに暮らしていました。今のようにインターネットなどなく、日本語新聞が届くのも数日遅れ。国語の教科書も手元の児童書も読みつくしてしまった私はとにかく日本語に飢えていました。両親の日経新聞を拾い読みしては、日本語への渇きを満たしていたほどです(もちろん、内容はほとんどわかりませんでしたが)。そのような中、父が短波ラジオを買ってくれて、「うまく周波数が合えば日本語放送が聞けるよ」と教えてくれたのです。早速チューナーを合わせてみたところ、当時のイギリスで唯一聴けたのがドイツのドイチェベレ日本語放送でした。今でもドイチェベレのコールサイン(放送開始前の短い音楽)は鮮明に耳に残っています。当時の放送日は確か週末で、読者のお便りコーナーもあり、投稿もしました。番組で日本人アナウンサーが読み上げてくれたときは本当にうれしかったのを覚えています。

今や手紙も時刻表もラジオ放送も、すべてネットが主流です。インターネットさえあれば、いつでもどこでもそうした手段にありつくことができます。けれども私の場合、ノスタルジアもあるのでしょうがとにかくそうしたひとつひとつの「手作業的な趣味」がこの上なく楽しいのです。もちろん、時代の流れを横目で見ていると、「やっぱりスマートフォンって買った方が良いのかな」と内心思わなくもありません。けれども自分が大切にしてきた「好きなもの」は、「好きなままでいい」と思っています。

(2011年9月12日)

【今週の一冊】

「日本企業にいま大切なこと」野中郁次郎・遠藤功著、PHP新書、2011年

わが家は毎朝ラジオで一日が始まる。耳を傾けるのはNHKラジオ第一放送の「ラジオあさいちばん」。ニュース・天気予報・交通情報はもちろんのこと、6時半にはあのラジオ体操も放送される。 小学生時代を思い出しては、あの音楽に「今日も一日がんばろう!」という気になる。

番組の中でもとりわけ私が関心を抱いているのが「ビジネス展望」というコーナーだ。これは経済関連の専門家が日替わりで登場し、旬の話題に関して詳しい解説を述べるというものである。テレビのように図解説明できない分、どの解説者も非常にわかりやすい説明をしてくれる。

8月11日のこのコーナーに登場なさったのが、今回ご紹介する著者のおひとり、遠藤功・早稲田大学ビジネススクール教授である。タイトルは「日本の鉄道を支える現場力」。大宮にあるJR東日本・大宮総合車両センターについてであった。ちょうど中国の新幹線が死傷事故を起こしたこともあり、なぜ日本では新幹線が安全なのか、車両メンテナンスの現場からとらえた解説がラジオからは流れていた。

遠藤先生によると、大宮総合車両センターの場合、社員は決められたことだけでなく、よりよい作業をするにはどうすべきか一人一人が自ら考えているとのこと。改善への提言も毎年たくさん出ているそうだ。また、遠藤先生は鉄道整備株式会社という、車内清掃を請け負う企業も紹介。清掃スタッフ一人一人が「おもてなし」の心を持ち、作業に当たっているという話題であった。

私自身、海外在住中は「日本のサービスがあったらどれほどよかったか」と思う場面が少なくなかった。日本では当たり前になっていることも、海外に出てみると改めてその素晴らしさに気付くのだ。そんなことを思い出しつつ、解説を聞き続けた。そして遠藤先生の現場を応援する熱い気持ちに大変感動し、ラジオの感想をご本人のブログにお送りしたところ、何と上記の最新刊をお送りくださったのである。細やかなお心遣いとお人柄に、ますます感激した次第だ。

本書は一橋大学名誉教授・野中郁次郎先生との対談を加筆・修正したもので、両先生ともに日本的なビジネス慣習を改めて見直すことを提言なさっている。オビには「日本の『当たり前』が、海外に売り込める!」「『アメリカ型』はもはや古い!」とあり、時代の先を読んでおられるのが分かる。

東日本大震災の復興についても書いておられ、本書を読むと日本がこれから必ず復興できるという勇気が湧いてくる。あきらめてはいけない、前を見続けよう。そんなメッセージを感じた一冊であった。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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