INTERPRETATION

第48回 きっかけはひょんなところに

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

11月20日。いつもであればのんびり家族団らんという朝を迎える日曜日です。けれどもこの日は主人が泊りがけの出張に出かけるため、乗り換えが便利な少し離れた駅まで車で送っていくことになりました。最近主人は仕事がどんどん忙しくなってきており、私も早朝シフトなどがあることからまとまった時間をとって話をすることが難しくなってきています。このため、朝、見送りもかねて最寄駅まで「お供」しながら10数分間でも話をするようにしています。話すのは仕事や子育てのこと、四方山話などです。

けれどもこの日の朝、たまたまNHKAMラジオをつけたところ、二人とも車の中で番組を聞き入ることとなったのです。放送されていたのは「日曜あさいちばん」という番組。その中の「日曜訪問」というインタビューコーナーでした。途中から聞いたのですが、どうやら答えているのは声からして若い青年のようです。話の内容は、「映画を卒業制作として作った」「テーマは自分の妹で、妹は自閉症である」「この映画が思わぬ反響を呼び、現在一部の映画館で上映されている」ということでした。

この青年によれば、自分は子どものころから妹の話を友達になかなかできなかったそうです。なぜなら、聞いた相手がどうフォローして良いかわからず、会話が途絶えてしまったり、逆に気を遣わせたりしたからとのこと。ゆえに長らく家族のことをざっくばらんに話せず、苦しんできたと語ります。けれども立教大学で映像関連の学問を専攻し、さあ卒業制作という段階になったとき、指導教官から妹のことを撮ってみてはと勧められたのだそうです。そして撮影をしていきながら、この青年自身が大きな心の変化を迎えます。かつてはもやもやしていた妹や家族に対する気持ちが、妹に対する深い愛情へと変わっていったのです。「今では妹が本当にかわいい」。こうインタビューでは語っていました。

結局番組を聞き終わるまでこの青年の名前はわからなかったのですが、私の中で二つのキーワードが引っ掛かりました。一つは大学が私の指導先であること。もう一つは自閉症。実は私の知人の娘さんも同じく自閉症です。この2点だけでも、この作品を見てみたいと思いました。そしてすぐにインターネットで調べたところ、作品名は「ちづる」、上映館はポレポレ東中野であることがわかったのです。

早速公式サイトにアクセスしてみました。予告編や映画の背景説明なども読みました。さらに驚いたのは、音楽を担当したのが私の高校時代の友人でもある内池秀和くんだったことでした。今ではご無沙汰してしまっているのですが、こうして素晴らしい仕事に友人が携わっているのも嬉しい発見でした。

そして二日後。映画館へと足を運びました。映画自体はドキュメンタリータッチなので、大きな仕掛けや効果音などがあるわけではありません。けれども兄から見た自閉症の妹への思いがこちらにも伝わってきます。さらにお父様を数年前に交通事故で亡くされたということもわかりました。それでもなお、家族3人、ときに妹さんの行動を巡って苦労をしながらも、強いきずなで結ばれていることが感じられます。

何にもまして印象的だったのがお母様の存在でした。夫を亡くし、自閉症の娘を抱えていても、明るく美しくおしゃれで前向き。決してあきらめず、でもゆるやかに状況へ対応している様子は、日ごろ「何でもきちんとしなきゃ」感で生きている私に大きな影響を与えてくれました。映画を観る前日、私はささいなことで娘をきつく叱ったばかりだったのですが、この映画を観て「母親というのはゆったりとしている方がみんなにとってハッピーなのだな」と改めて思ったのでした。いろいろな意味でとても感慨を覚える作品でした。

こうしてみると、この映画に巡り合うまでのきっかけもひょんなところにあったのだと思います。たまたま主人を車で送っていったこと、偶然ラジオをつけたことなどです。もし主人の出張がなければ、あるいは車で送っていかなければ、またはAMではなくFMをつけていれば、この作品には巡り合えなかったことでしょう。そう考えると、こうした出会いというのは本当にありがたいとしみじみ思います。

(2011年11月28日)

【今週の一冊】

「ちづる 娘と私の『幸せ』な人生」赤崎久美、新評論、2011年

映画「ちづる」の赤崎正和監督のお母様の著書。ちづるさんが生まれてから現在に至るまでの様子が時系列に綴られている。自閉症と診断された時の絶望感、代替医療や宗教に走ってまでも何とか娘を治したいと苦しんだ時期。娘のありのままを受け入れ始めたころ。夫の交通事故死、息子の就職活動など、家族の変遷がここには記録されている。今の状況に至るまで、母親・妻・そして一人の女性としての著者の苦しみは相当なものだったと思う。それでもなお絶望せず、ありのままを受け入れるという姿は読む者に大きな感動を与える。

「あとがき」にはこう記されている。

「千鶴については『不自由な人生』だと今でも感じていますし、夫の死については『不運で悲しい人生』です。でも、それは幸せではないということとはちょっと違っていて、幸せなことも、数えればきりがないほどたくさんあるのです。」

映画を観る前でも後でも良い。ぜひ兄・正和さんとは異なる視点からとらえた様子を本書から感じ取ってほしい。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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