INTERPRETATION

第376回 断るのも勇気

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

この秋は例年以上に色々な仕事に携わる機会をいただきました。自分の守備範囲を増やすという意味では、思い切って多様なことにチャレンジする大切さを感じています。

とは言え、初めての業務となると、「目をつむっていてもできる」というわけにはいきません。慣れるまでは試行錯誤も必要です。こと準備に関しては、当初の時間的見積もりをはるかにオーバーしてしまうこともありました。一方、仕事を終えて家に帰れば家事や家族のことも考えねばなりません。

そういうときの私は往々にして、「睡眠時間を少し削れば何とかなりそう」と思ってしまいます。どうも自分の性格からして「きちんと仕上げる」ということに達成感を覚えるようです。そのままにしてしまうのが生理的に受け付けないのでしょう。つまり、眠る時間を減らすか、うーんと無理してこなすかしか選択肢は残されなくなります。

元気なときはこれでも対応できます。そうして頑張った結果、何かが到達できれば自分としても喜びを覚えます。でも多忙な時期はただでさえ体力的にも目一杯な状態です。アドレナリンが出ているうちは何とかこなせます。ただ、いったん力が抜けてしまうと、そこからまた原状復帰するのに多大なるエネルギーを要することとなってしまうのです。

先日のこと。独り言で「あ~、この秋は忙しいなぁ。〇〇もしないといけないし、△△の準備もあるし。あ、家族のXXも取り組まないと」と自宅でつぶやいている自分がいました。日中、私以外には誰もいませんでしたので、こうしてぶつぶつ口にしていたのですね。ひたすら「ああ、忙しい、忙しい」と言っていました。

けれどもそのときふと我に返ったのです。

「これって、言っているだけで何一つ進んでいないのでは?」

つまり、自分で多忙な現状を表現こそしているものの、それに対してどういった行動をとるべきかというプランが皆無だったのです。忙しさを口にして、その大変さを耳からまた自分の脳内へ取り込む。これではしんどさを自分の体に刷り込んでいるようなものだと私はそのとき感じたのでした。

忙しいのであれば、それでも体がついて行けるかまずは考える。
ついて行けそうなら頑張ってみる。
心と体が乖離しそうなら、正常値に戻れるような対策を検討する。

そうしたことが求められるのだと思いました。

フリーランスの仕事をしていると、「来る仕事=ありがたく頂戴して取り組むべき使命」となります。それはそれで崇高なことです。自分の力が世の中のお役に立てることは、自分にとっても大きな生きがいとなるからです。

その一方で何でも引き受けてしまい、にっちもさっちも行かなくなってしまえば、自分が苦しむばかりか、不本意なパフォーマンスをお客様に提示してしまうことにもなります。自分の心身も辛く、自分のアウトプットを提供されるクライアントにとっても満足しては頂けないでしょう。

だからこそ自分の心や体調を客観的に見つめ、受けるべき仕事はお引き受けした以上、真摯に取り組む。もし無理そうであればお断りすることも時と場合によっては必要となってくるのです。

そのようなことを感じた秋の繁忙期でした。

(2018年12月11日)

【今週の一冊】

「地図で見る中国ハンドブック」ティエリ・サンジュアン著、太田佐絵子訳、原書房、2017年

子どもの頃から地図が好きなため、書名に「地図」とあるとつい注目してしまいます。海外ではテーマに応じて地図で説明するタイプの本が多いように感じます。しかも発行元がアメリカやイギリスではなく、フランスなどで出ているものも多いのですね。今回ご紹介するのは2017年にフランスで出版された一冊、テーマは中国です。

本書の目次に目を通すと、人口問題やグローバル化、都市、余暇や治水など、それこそ様々なテーマが並んでいるのがわかります。中国を多方面からとらえており、どの項目から読んでも図解説明で理解しやすいのが特徴です。

中でも私が興味深く思ったのは、北京の集合住宅の見取り図です。道路はマスの目状になっており、長方形の土地の中に住居やホテル、事務所や教育施設などが並んでいます。コンパクトになっており、暮らしやすくなっているのが特徴です。日本でもタワーマンションが流行していますが、中国の大都市にも高層マンションがどんどんできています。

一方、海外への留学生も年々2ケタ台で増えています。また、理系分野を学ぶ学生が多いのも、中国の将来を考える上では大きな意味を持つことでしょう。

本の後半には少数民族に関する記述もあります。今の中国を理解する上で、台湾や少数民族について知ることができれば今後の中国を占えるかもしれません。中国を、そして将来の世界を知りたい方にお勧めしたい一冊です。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END