INTERPRETATION

第382回 プレゼントと通訳の共通点

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

10年ほど前のこと。ジョギングに凝っていました。きっかけはダイエット。増えてしまった体重を落とすべく走ることにしたのです。ところが体力が落ちていた分、マンションの周りを走るだけでも息切れしていましたね。わずか3分でもギブアップしていたほどでした。ところがしばらく続けているとどんどん体力も付き、さらに体重減少となり、走ることが楽しくなっていったのです。市民マラソン大会にも出るようになり、「目標はホノルル・マラソン!」と豪語するまでになりました。もっとも私の場合、ハーフマラソンが関の山だったのですが。

走ること自体は楽しかったのですが、メンテナンスを怠ったため、しばらくすると関節痛に見舞われるようになりました。それでジョギング自体はやめてしまったのです。ただ、体を動かすことは好きでしたので、スポーツクラブに通うことは続けていました。

ところがジョギングのツケが回ってきたのか、数年前から関節痛が再発しています。調子が良いときは何ともありません。けれどもいったん悪くなると歩くのもしんどくなります。とりわけここ数週間は恐る恐るの状態でした。先日、整形外科で診てもらい、現在は投薬とシップで改善されています。

ちなみに体調不良や病気のとき、どこまで誰に伝えるかというのは意外と悩みどころだと思います。と言いますのも、人によっては体験談や民間療法などを披露してくださることがあるからです。親切心からであることはこちらも十分わかっています。けれども病気のときというのは当の本人が一番状況を理解しているものです。と同時にナーバスにもなっています。そのような時に必要以上の情報を提供されると、それだけでしんどいと思えてしまうのも事実です。

幸い私の周囲には聞き上手な方が多く、こちらの症状を伝えると「そっか~、大変だったねえ」と共感してくださいます。本当にありがたいことです。聴いていただけただけでこちらも心が軽くなります。ただし、唯一の例外がいます。実家の母です。親心からだとは思うのですが、少しでも体調不良だと伝えようものなら、山のような攻勢(?)が始まります。先日は以下のようなことがありました。

股関節痛であると実父にポロっと私が伝えてしばらく経ったある日のこと。母から大きな小包が届きました。開けると関節痛に関する新聞記事や自分が通っている整体院のチラシなどなどなど(以下省略)が入っていたのです。私の実家は現在私が暮らす街から電車で2時間弱かかるのですが、その整体院がいかに素晴らしいか、通院しても良いのではないかなどとの添え書きがありました。「うーん、気持ちはありがたいけど物理的に無理」というのが正直なところです。

さらに箱の中を覗くと、なぜか街頭で配られるシャンプー&トリートメントの試供品が大量にありました。「これでリラックスしてね」とのこと。母はこうした試供品をもらっても決して自分では処分しないタイプです。確かに「もったいない精神」は貴いと思います。けれども日頃から私は自分の髪質に合ったシャンプーをヘアサロンで買って使っているため、これらの試供品もアウトです。

箱の中にはまだまだ入っています。シャンプー類の下には何やらゴツイ箱が。開けると大量の海苔缶(新品)が入っていました。「溜まったマイレージで引き換えてもらったものの、やはり自分は食べないのでどうぞ」とのこと。うーん、我が家も海苔はほとんど頂きません。そもそもこの缶をキッチンのどこにしまうかという問題があります。

ということで、「開けてびっくり玉手箱」とまでは言わないものの、正直なところ、困ってしまったのでした。母の気持ちはもちろんありがたいと思います。けれどもこちらの事情とかけ離れているため、感謝より困惑の方が大きかった贈り物でした。

そこでふと思ったこと。これは通訳業務でもあてはまるという点です。通訳者本人がすべきことは「聴き手の立場に立つこと」です。どのようにすれば聴衆は理解できるか、どうしたらお客様に喜んでいただけるかが最優先項目なのです。けれども、「自分はここまで訳出できる」と証明するかの如く、マシンガン的な通訳になってしまうと、聴衆の立場は二の次になります。プレゼントにおいて贈り主本人「だけ」が満足したとしても、受け取り側が必ずしも喜ばないということと同じです。

送り手と受け手それぞれに考えはあると思います。けれども双方が幸せになれるよう、相手の立場をまずは考えていくことが大切なのではないでしょうか。

「小包事件(?)」を機に、通訳業務のあり方を考えたひとときでした。

(2019年2月5日)

【今週の一冊】

「地図趣味。」杉浦貴美子、洋泉社、2016年

子どもの頃から地図が大好きで、今でもビジネスバッグの中にポケット版の東京マップを持ち歩いています。ナビやグーグル・マップが優れていることは重々承知しているのですが、紙地図がとにかく好きなのですね。紙地図オタクと自称しています。

今回ご紹介するのは地図に魅力を伝え続けるライター、杉浦貴美子さんによる一冊です。前半は古地図や珍しい地図などの紹介が、後半には地図レシピや茨城県つくば市にある「地図と測量の科学館」などが紹介されています。「地図」と一言で言っても、実はとても奥深い分野であることがわかります。

私がもっとも注目したのは、地図レシピ。そう、本当に食べられるスイーツです。たとえば地層ムースはプラスチック型に生チョコやカカオ、ムースなどを積み重ねることで、断面図がまさに地層となります。一方、等高線ケーキはクレープ生地(ココア味、抹茶味、プレーンなど)を作り、チーズクリームで重ねるというもの、等高線のように少しずらした形になるため、立体的になります。まさに模型です。

他にも滋賀県の形や山手線をかたどったペンダントなど、境界線で区切ってアクセサリーにしたものも紹介されています。杉浦さんご自身が銀粘土で作成したものが他にも色々と掲載されていました。その美しさに惚れ惚れしてしまいます。

巻末には地図関連ミュージアムや地図にまつわる書籍紹介もあります。「地図を見るのは苦手」「方向音痴だから」とどうか敬遠なさらず、一人でも多くの地図ファンが増えることを願っています!

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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