INTERPRETATION

第383回 子離れのごとく

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

ここ数週間、ひたすら片付けをする日々が続いています。きっかけは1月末に訪問したロンドンでのこと。Netflixで始まった片付けコンサルタント・近藤麻理恵さんの動画がアメリカで大ブレイクし、それがイギリスにも波及している様子を目の当たりにしたのです。「こんまり」さんこと近藤さんの「ときめき」をキーワードにした片付け法はイギリス人にも非常に人気です。新聞や雑誌だけでなく、BBCラジオの時事問題クイズ番組にも出題されたほどでした。

私もずいぶん前にこんまりさんの本がベストセラーになった際、入手して片付けに挑んだことがあります。けれどもチョコチョコと片付けただけで終わってしまいました。けれども、ロンドンのマスコミで報道されているのは、こんまりメソッドのすばらしさだけではありません。イギリス人の間では、この片付け法で大量の衣類や小物が出てきたおかげでチャリティショップも潤うようになったというのです。

このような波及効果を知るにつけ、私も俄然片付けをしたくなりました。ロンドン滞在中、自宅のクローゼットや台所など、片付けたい場所を頭の中でシミュ―レーションし、手帳に段取りを書いていきました。そして帰国後はひたすら片付けの日々となり、おびただしい量のゴミや不用品、寄贈品などが出てきたのでした。

ゴミとして捨てたのは45リットルのゴミ袋6つ分です。また、寄贈品の方は地元のチャリティショップが出張引き取りをしてくれるので、そちらに引き取っていただきました。量としては段ボール箱(大)8つほどでしたね。

一方、書籍とCD、DVDは古書店へ持ち込みました。こちらも段ボール箱1個、レジ袋(大)3つ分です。カウンターで預けてその場で待機すること30分。結局、かなり引き取っていただけることになったのですが、その一方で値段がつかないものもありました。

「どうされますか?」と聞かれた際、山積みされたその束が目に入りました。中には大枚をはたいて買った書籍も積み重ねられています。
「うーん、どこか図書館とか有益な場所に寄付できないかなあ。」

このような考えが一瞬頭をよぎりました。

けれども、仕事の合間をぬってようやく古書店へ持ち込んだのです。再度「お持ち帰り」して、またどこか寄贈先を調べて問い合わせて持ち込んで(あるいは郵送して)というのは、私にとって大きなハードルでした。

そこで今回は心を鬼にして、あえて持って帰ることはやめて、お店でそのまま引き取っていただくことにしたのでした。

このやりとりはほんの数秒のことです。「どうされますか?」との問いから自分が答えを出すまでは、あっという間です。「もったいないかも」という思いももちろんあります。本やCDというのは知的生活において必需品ですので、そのまま値段も付かず、廃棄されてしまうには忍びないという気持ちもあります。通訳業務で使った書籍もこの中には含まれているのです。

けれども、ここで情に流されてしまっては何のための片付けだったのかと私はあえて考えることにしました。これは一種の「子離れ」です。「今までありがとう」と心の中で唱え、金額がついた分のお金を清算して、あえて後ろは振り向かずお店を後にしました。

そのようにしていざ物理的に離れてみると、これはこれで良かったのだと思えてきました。少なくとも私の手元にあったとき、私はそれらの本を仕事や余暇のために読み、CDを視聴して私の血肉にしたのは事実なのです。そのことを大切にして、未来を見据えて行こうと思ったのでした。

(2019年2月12日)

【今週の一冊】

“The Life-Changing Magic of Tidying; A simple effective way to banish clutter forever” Marie Kondo, Vermillion, 2014

今回ご紹介するのは上記で言及したこんまりさんの本です。「人生がときめく片づけの魔法」の英訳版です。翻訳バージョンはアメリカとイギリスそれぞれで発行しているようで、若干タイトルが異なるのですが、中身は同じです。私はロンドンで本書を入手しました。大型書店の目立つところに置いてありましたね。

本書は非常に読みやすい英語で書かれており、英語学習初心者でも大いに楽しめます。日本語版と照らし合わせながら読めば一石二鳥でしょう。さらに英語版の良さは巻末の索引。冒頭から読む時間がない人でも、索引をめくり気になる項目から読み進めることもできます。英語の書籍の多くは索引がどれも充実しており、ぜひとも日本語書籍でも索引をデフォルトにしてくれたらと思います。

こんまりさんが提唱する片付けには順番があります。洋服、書籍、紙類、小物、そして最後に思い出の品を片付けていくのです。最初にアルバムなどの思い出の品々に取り組むのはハードルが高いですよね。けれども洋服は写真などの思い出品と比べると「ときめき」基準で判断しやすいジャンルです。洋服の片付けから書籍、そして紙類と進めていくにつれて、さらに素早く要・不要を決められるようになっていくのです。

私も今回、本書から大いに刺激を受け、小物類までの片付けを完了しました。あとは写真や手紙、子どもたちが小さいころに制作した品々などを残すばかりとなっています。春休み中には仕上げたいと思っています。本書を読むと「片付けよう!」というマインドになること請け合いです。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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