INTERPRETATION

第385回 デビューまでは人それぞれ

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

そろそろ年度末ですね。「新年度から通訳者になりたい、稼働したい」と思っておられる方もいらっしゃるでしょう。今回は私がどのような紆余曲折を経て通訳者になったかをお話いたします。

通訳業へのあこがれを機に、私は会社員をしながら通訳学校に通っていました。当時のスクールは今と大いに異なり、スパルタ式授業でした。本気で通訳者になりたい人を、講師の方々も真剣に育てていたのです。当時はまだ日本全体に英語話者も多くはいませんでしたので、優秀な通訳者を輩出するという使命感がありました。よって、授業も非常に厳しかったのですね。今のように「褒めて伸ばす」ではありません。シゴキとまでは言いませんが、教室内はピリピリ感が強く、ミスは許されないという感じでした。

私はどちらかというと周りの空気を読み過ぎて怖気づいてしまい、非常に緊張するタイプです。よって、このような授業は非常に苦痛でした。同時通訳クラスに進級した直後のこと。講師の横に立って逐次通訳をするという授業がありました。メモは禁止。紙辞書(という時代でした!)持参はOK。クラスメートがこちらを見つめる中、長い長い(と思われた)音声がスピーカーから流れ、ブチっと講師が止めて「はい、訳して」と言われます。もう私など先生の横に立った時点で頭の中が真っ白でしたね。

別の日にはサイトトランスレーションの練習がありました。趣旨がわからなかった私はサイトラ原稿の下にベタ訳を自宅で書き込み授業に臨んだ始末。それを発見した先生から厳しく注意されました。これが引金となったのでしょう。以来、「もうこのクラスにはついていけない」となり、体が拒否反応を起こしてしまったのです。

頭の中では通訳者になりたい気持ちでいっぱいでした。デビューする以上は、何とかこの同時通訳クラスで実力を身に付けるしかありません。「でも、もうあの授業は受けたくない。どうしよう。」そんな悩みが続きました。

結局私はすごすごとそのクラスから逃げ隠れるように「退散」し、クラス転籍制度を利用して別校舎の別コースに入り直しました。ところがそちらは自宅から2時間もかかり、結局仕事の後に通いきれなくて挫折。スクールに「献金」したまま、フェードアウトしたのでした。

それでも自分の中で「通訳者になりたい」という思いだけはありましたので、やぶれかぶれで通訳人材派遣会社に無謀にも履歴書を送り始めました。もちろん、通訳歴など皆無に等しかったですので、箸にも棒にもかかりません。100社以上は送ったでしょう。それこそ「お祈りメール」ならぬ「お祈りレター」ばかりが届いていました。それでも数社からはトライアルのお話をいただき、そこを無事突破して少しずつ少しずつ仕事を広げていった次第です。そして現在に至っています。

仕事の獲得方法というのは人それぞれです。そしてタイミングやご縁というものがあります。たとえうまくいかなくても、通訳者になるという夢と目標があるのであれば、どうかあきらめず、皆さんご自身のペースと方法で挑んでみてください。必ずどこかに突破口はあります。

(2019年2月26日)

【今週の一冊】

「タニアのドイツ式部屋づくり―小さな空間ですっきり暮らす整理・収納のコツ」門倉多仁亜著、ソフトバンククリエイティブ、2007年

私の読書傾向ははっきりしています。目下自分が興味のあるテーマを集中的に読むという方法です。ただ、関心の対象が少しでも薄れてきてしまうと、せっかくそろえた書籍も書棚に眠ったままとなってしまうのですね。以前は「大人買い」した本がそのような顛末となり、読まないまま古書店行きということも少なくありませんでした。最近はもっぱら図書館から借りるようになりましたので、興味がなくなって手付かずになった本はそのまま返却するようにしています。これでだいぶ書棚がすっきりするようになりました。

今回ご紹介するのはドイツ人と日本人をご両親に持つ門倉多仁亜さんによる一冊です。お名前はマスコミなどで存じ上げていたのですが、先日片付けをして以来ちょうど整理収納に興味がわいてきたため、タイムリーに入手することができました。

タニアさんは日本に暮らしておられ、日本の典型的な狭い住宅事情の中でさまざまな工夫をされています。本書はカラー刷りで写真が豊富。インテリア雑誌のような感覚でパラパラとめくりながらヒントを得られます。

中でも一番私の参考になったのは、旅行関連グッズをすべてまとめて保管しておくというくだり。私も今までは海外用ヘアドライヤー、機内持ち込み用ジップロック、スリッパなど、旅行で使うものは一式まとめていました。けれどもタニアさんはパスポートや現地通貨なども合わせて保管なさっているのですね。私の場合、グッズはグッズでそろえていたのですが、パスポート類は重要書類とみなして机の引き出しに入れていたのです。でも考えてみれば旅行時しか使わないわけですよね。よってグッズとパスポート類も一緒にすることにしました。マイレージカードも同様です。

本書には他にもレシピやファッション、家具のことなど幅広いテーマが取り上げられています。質実剛健でシンプルなドイツ流の暮らし方は参考になります。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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