INTERPRETATION

第388回 気分転換の手段を

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

通訳の仕事というのは、毎日が受験勉強のようだとよく言われます。私自身、その通りだと感じますね。何しろ毎回直面するのは未知のトピック。必ずしも自分の得意分野とは限りません。私など典型的な文系人間ですので、理系の話題が出てくるたびに「ああ、中学高校でもっと真面目に理数科目を勉強しておけばよかった」と悔やむことしきりです。けれども嘆いていても一歩も進めませんので、文句を言う時間を返上してひたすら勉強となります。

この仕事を始めてから早20年以上が経ちましたが、いまだかつて「今日の通訳パフォーマンスは満点!」と思った日は一度もありません。もちろん、通訳しているさなかに思いがけずぴったりの訳語が出てきて心の中でガッツポーズをすることはあります。普段まったく使わないのに、ピンチのときにその難易語が奇跡的に口をついてくれることもあります。

でもそのようなことというのは、私に関してはむしろ稀です。業務終了後、帰りの電車に揺れながら「あそこはこう訳せば良かった」「もう少し声を明るくすべきだった」と一人反省会です。先日はとある番組でテレビ通訳をしたのですが、あとで自分の動画を見たら眉間がシワシワ!「視聴者の方が見てくださるのだから、もっとpleasant facial expressionにすべし、自分!」とツッコミを入れましたね。

このような感じで、悲喜こもごも(?)というのが通訳業なのかもしれません。ただ、何にしても、自分の訳出に対して派手に一喜一憂しないのが心身の健康を保つ上では大切です。

かつての私はいったん落ち込むとなかなか這い上がれないタイプでした。ウジウジウジウジ悩んで愚痴を言っていたのです。実家にいたころは母に夕食後2~3時間は聞いてもらっていましたね。こちらとしては単にsounding boardになってもらえれば良かったのですが、母の方は親心でアドバイスをあれこれ言ってきます。そうなると私の方は内心「いや、助言は別にいーの!」とむっとしたりもしていたのです。メーワクな娘です、つくづく、ハイ・・・。

ようやく最近になってから、自分なりの「気持ち切り替え術」が確立してきたように思います。私はツイッターやインスタグラムはしていませんので、日常の中での喜怒哀楽を手持ちのメモ帳に書いています。これなら世間に公開せずに済みます。よって何を書いても大丈夫。SNSの場合、勢いで書いてEnterキーを押せば全世界に発信となりますので、猪突猛進型の私には危険極まりないでしょう。だからこそあえて自分のメモ帳にとどめているのです。手書きでガーッと書けばそれだけでスッキリ。周りの同意や同情よりも、自分で書いて自分で納得しておしまい。これで大幅にストレス発散です。

また、イヤホンを付けてお気に入りのロックやポップス音楽をひたすらガンガン聞くこともあります。YouTubeの場合、一旦好きな曲を流すと次々と自分好みの曲が出てきます。私にとって元気の素です。

ストレス解消法は他にもあります:

*不要資料をビリビリ破りながら捨てる
→腕に力を入れて破ると、その動作&ビリビリ音が快感!

*首や肩を回して体の緊張をほぐす
→ストレス状態の体というのは、往々にしてこわばっているので

*たまっている新聞・雑誌を一気読み
→マジメに読むのではなく、まさに「読み倒し」→古新聞入れへ。処分してハッピーです

*家中の「斜めになっているもの」をまっすぐに揃える
→たとえばタオルの端を揃える、無造作に置いてある小物をまっすぐにする、ずれてしまったダイニングテーブルを床板と平行にする等々。数ミリ単位のものを揃えて達成感大です

肝心なのは「ストレスをため込まない、引きずらない」ということなのですよね。嫌な気分を温存しても何一つ良いことはありません。さっさと手放せれば新たなモチベーションも生まれると思います。

(2019年3月19日)

【今週の一冊】

「世界最速『車窓案内』」今尾恵介著、新潮社、2014年

ここ半年ほど、仕事で関西へ行く用事が増えました。子どもたちが小さいころは泊りがけ出張を入れておらず、最近ももっぱら放送通訳と指導がメインです。よって、出張となるとそれだけでワクワクしますね。新大阪までの新幹線を予約する際にも、どの時間帯なら空いているか、座るならA席かE席かなどあれこれ考えては楽しんでいます。ちなみにA席は新大阪への進行方向左の窓側、E席は右側です。左は海が、右なら富士山が見えます。

車内に入るとスマートフォンの画面を眺める人が多い昨今ですが、私はもっぱら外の景色をエンジョイしています。もともと地図を見るのが好きですので、紙版の東京都・ポケット地図を常に持ち歩いており、それと見比べながら東京、有楽町、新橋、品川から大田区へと動く新幹線の車窓を楽しんでいました。でも新幹線とは何しろ速い乗り物。あっという間に神奈川県に入ってしまうのですよね。

そこで思いついたのが、新幹線の通過する県の広域マップを入手することでした。永田町にある各都道府県の連絡事務所で手に入れられます。これを持って新幹線に乗り込み、窓から見える景色を楽しんでいるのです。

今回ご紹介する本は、鉄道に関する本を多数出しておられる今尾恵介さんの一冊。まさに私のような「車窓の景色を楽しみたい!」という人にとっては、かゆいところに手が届く最高の本です。東京駅から始まり、新大阪へ至るまでが細分化されて紹介されています。一区間が見開きになっており、国土地理院の地図や略地図、さらに窓から見える写真がそのまま掲載されているのです。一瞬で通過してしまう風景をカメラでとらえているあたり、著者の意気込みを感じます。

新幹線からは民家だけでなく、工場や観覧車など様々な建物が楽しめます。本書には歴史に関する記述も多く、とても勉強になりますね。この一冊を東海道新幹線の旅のお供にして、A席やE席を交互に楽しみたいと思っています。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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