INTERPRETATION

第454回 効率と仕事と子育てと

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

わが身を振り返ってみると、本当に今までの自分というのは、効率一辺倒だったなあと思います。

もちろん、それ自体が悪いわけではありません。私自身、効率を追求したおかげで何とか仕事に穴をあけることなく、お客様にお役に立てるようにとの思いでこの業務に携わることができてきたからです。

ただ、どのようなことであれ、物事には必ずプラスとマイナス両方があるというのが最近の私の考えです。

かつての私は以下のような感じでした。

効率を追い求めて必死になって時間を捻出する。そして空いた時間にひたすら仕事や読書を詰め込む。知的好奇心が満たされれば満たされるほど、さらに物事への関心が高まり、ますます勉強したくなる。読んだ本については読書ノートに記録したくなる。

それでますます自分を追い込み、忙しくしていったのです。

その過渡期に、我が家の子どもたちが思春期へ突入しました。子どもたちにとっては、家庭以外の場所、たとえば学校や人間関係において、様々な問題が浮上する時期でもあったのですよね。そうしたことが家庭の中で顕在化し、親子それぞれが頭を悩ませてしまう、そんな日々が続きました。

「何とか子どもたちの心を軽くしてあげたい」という思いは親としてもちろんありました。でも私にとって、子ども自身が抱えて持ち帰ってきた様々な「課題」というのは、今まで私が経験がしてきた仕事的課題とはまったく異なりました。通訳の仕事であれば、ある程度の想定で準備を進めることができます。ですので、それとは異なる状況に、私自身が正直なところ、戸惑いました。さらに当時は仕事が非常に多い時期でもあったのですね。どうすれば勉強時間を捻出できるか。そのことで私の頭の中はいっぱいでした。それゆえに余計私は仕事にすがるようになってしまったのです。

その結果、どうなったか。

仕事面では大いに質・量ともに増やすことができました。けれども、家の中はますます大変になってしまったのです。様々な家庭内の課題を積み残したまま、年月だけが過ぎていきました。

これで良いはずがありませんよね。どれほど外で懸命に働き、自分としては良い仕事をしているつもりでも、家の中で課題を抱えてしまっていれば、自分の心の中に影が生じたままになります。気持ちの奥底で心がチクリと痛むような状況と共存せざるをえなくなるのです。

今から数か月前、ちょうどコロナが蔓延し始めたころ、私はいくつかの偶然の出来事のおかげで自分の生き方を見直すことができました。そして「自分の子育てにおいて凍結状態だった課題に今、取り組まなければもう手遅れになってしまう」という思いを強烈に抱いたのです。

失われた年月を取り返すことはできません。けれども、自分の不足部分を直視し、どのようにして子育てを修正できるか。今、私は考えながら日々を過ごしています。

ちなみに私は子どもたちが幼いころ、「通訳業と子育てを両立させている」というスタンスで取材を受けたことがありました。完成した記事を読むと、いかにも頑張ってますという雰囲気が感じられました。でも、実は蓋を開けてみれば、上記のような感じだったのですね。

読者の中には今、通訳業と幼いお子さんたちの子育てや家事で奮闘されておられる方もいらっしゃるでしょう。コロナで仕事が減ってしまう中、「ではせっかくだから勉強期間に」と思えども、お子さんを預けることができなくなってしまった、という方もおられるかもしれません。

私自身、今、振り返ってみると色々と悔やむ部分もあります。でも過ぎたことを嘆くばかりでは前に進めません。「遅まきながら、自分の不足部分に気づくことができて良かったのだ」ととらえ直し、日々を歩みたいと思っています。

現在子育て中の皆さん。どうか気負わず、完璧をめざさず、肩の力を抜いて今できる最善のことに取り組んでみてください。あとで自省することになったら、そのときにまた最善の行動をとれば良いのです。

(2020年8月4日)

【今週の一冊】

「Women ここにいる私」ナショナルジオグラフィック編著、日経ナショナルジオグラフィック社発行、2020年

紙版の日経新聞を愛読して既に数十年(?)が経っています。これだけネットで無料でニュースが見られる時代でもなお、紙版を愛してやまないのは、「思いがけない記事との出会い」があるからです。これには広告も含まれます。今回ご紹介する本を見つけたのも、日経新聞の広告でした。

ナショナルジオグラフィックは写真月刊誌。長きにわたる歴史を誇ります。中でも1984年にスティーブ・マッカリーが撮影した「アフガンの少女」の写真はご覧になった方もいることでしょう。本書は女性に焦点をあて、様々な国や文化の女性たちが写真で掲載されています。また、著名女性のインタビューも読みごたえがありました。

特に心に残ったのが、アメリカの司会者オプラ・ウインフリーのことば。オプラが克服した最大の壁とは「人にこびる癖」だったのだそうです。一方、CNNのクリスチャン・アマンプール記者は自らの性格を「信念を貫く勇気を持ち合わせている」と分析しています。ペロシ下院議長はアドバイスとして「あなたの力を自覚し、あなたらしく振る舞いなさい。あなたの代わりは誰もいないのだから」という言葉を述べています。ビル・ゲイツ氏の妻メリンダさんは、空気を読む態度について「かえって自分の良さを抑え込んで」しまうと綴っています。

こうした言葉を読むにつけ、私自身、同調圧力に屈することなく、自分らしく生きていこうと改めて思ったのでした。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END