INTERPRETATION

第456回 伝わる方法について考える

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

コミュニケーションを専門にしていながら、いまだに私など「どのようにしたらうまく伝わるだろうか?」ということを試行錯誤しています。相手ありきの伝達ですので、一律の正解があるわけでもありません。ケースバイケースですよね。

以前読んだ心理学の本で、「人は7つ以上のことは覚えられない」とありました。あまりにも沢山の情報をインプットされそうになると、脳がパンクしてしまうのだそうです。その一例として「郵便番号」や「電話(かつては市外局番プラス7桁でした)」などが挙げられていました。この「7つ」という数字は私にとってインパクトが大きいものでした。以来、自分自身が通訳や説明をする際、なるべく情報量を控えめにすることや、マシンガン・トークにならないように心がけています。

「伝えること」に関して、社会人になって初めて入った企業で、私は今でも忘れられない経験をしました。

入社当時の私は、「笑顔で元気でいること」を良しと思っていました。そしてそれを実践すべく、常にニコニコするよう心掛け、電話口の応対も元気いっぱいでやっていました。ところがある日、大先輩と化粧室でご一緒した際、こう言われたのです。

「早苗ちゃん、あのね、ちょっと言いづらいことがあるんだけど、言うわね。あなた、電話口の声、かなり大きいのね。私も声が大きい方だから、あなたの気持ちもわかるの。でも、もう少し小さくした方が良いと思うのね。」

たったこれだけでした。洗面台でお互いに手を洗っている間でしたので、何分もかかったわけではありません。いえ、むしろ、あっという間のやり取りでした。

けれども私はこの時、心から先輩に感謝したのです。

なぜなのでしょうか?

それは先輩が、私に空気を読ませたりせず、紆余曲折に言ったりせず、伝えるべきことを単刀直入に伝えてくださったからです。当時の私はまだペーペーの若手社員。一方の先輩は、もうすぐ定年という別部署の方でした。面識はもちろんありましたが、直属の上司と部下であったのではありません。ただ、先輩からの電話を私が取り次ぐことは何度かしていたのですね。そこで先輩は私の電話の声の大きさに気づかれたのでしょう。あるいは、他の先輩方の間で色々と言われていたのかもしれません。

今振り返ってみても、先輩の偉大さをしみじみと感じます。わかりやすい言葉で私に伝えようとしておられたこと。しかも「自分も大きい声だけど」と私に安心感を持たせて私に共感してくださったことも、とてもインパクトがありました。素晴らしい「注意の仕方」であり、私にとって永遠のお手本となっています。

「相手に注意をする・リクエストをする」というのは簡単でいて難しいものです。「相手にストレートに言ってしまったら嫌われるのではないか?」と注意する方は思うでしょうし、注意する人がその他大勢の代弁者として相手に伝える場合、余計気乗りしないかもしれません。

その結果、よく起こりがちなのが「回りくどく注意をする」「長々と話して察してもらう」というパターンです。

注意される側というのは、無意識でその行為をやってしまっているケースもあります。そうなりますと、回りくどく長々と注意されても論点がつかみづらいのですよね。それどころか「この人、私に何か伝えたいようだけど、一体イイタイコトは何かしら?もう○○分も話し続けているけれど、よくわからない!」と思ってしまうかもしれません。そうなると、話を聴くどころか「早く終わらないかなあ」というマインドになってしまい、耳もシャットアウトしてしまいます。耳ふさぎどころか、空気を読まされている状況に不快感を抱くかもしれません。

また、このような注意をする方の場合、論点をぼかしてしまったり、「世間一般論として」という前置きをしたり、データを持ち出したりします。そうなってしまうと、注意される側はさらに気分を害してしまうかもしれないでしょう。

かつて私が大先輩から注意されたときのように、相手に本当に伝えたいのであれば、注意する側も勇気をもって「単刀直入」かつ「短時間」でイイタイコトを伝える必要があると思います。

「伝わる方法とは、どうあるべきか。」

まだまだ私も試行錯誤が続きます。

(2020年8月18日)

【今週の一冊】

「プラス・ルネサンスの生き方」津田妙子著、新人物往来社、1995年
一冊の本といかにして巡り合えるか。これには偶然が大きく作用します。今回ご紹介するのも、ふとしたきっかけで知ったのでした。

その日、私はたまたま「話し方」に関する情報を検索していました。そのときに出会ったサイトに津田先生のお名前があったのです。コミュニケーションや話術に関する本はこれまで私なりにチェックしていたつもりでした。が、津田妙子氏のお名前は初めて目にしたのですね。

気になったので調べたところ、図書館にあることを発見。早速借りたのが本書です。

津田氏はもともと専業主婦でしたが、自分で自分の収入を得るべく書道教室を始めます。そして人材研修の会社を立ち上げ、多数の美容部員を始め、多くの受講生たちにコミュニケーションの大切さを指導しておられました。先生は残念ながらすでにお亡くなりになられましたが、本書には先生の自伝に加えて、いかに幸せに生きるかが書かれています。発行は1995年ですでに絶版になってしまったようですが、綴られている内容は、昨今のコロナ下に生きる私たちを大いに励ましてくれます。

いくつかご紹介しましょう。

「親として子供に残してあげられるものは、生き生きと楽しく生きていた姿そのもの」(p183)
→我が家の子どもたちも10代後半に入りました。が、小さいころは仕事と家庭の両立に私は必死で、今にして思えば、十分子どもたちに向き合えたかどうか自信がありません。でも、この文章にある通り、せめて仕事を通じて楽しく生きてきた姿を見せられたのであれば、それはそれで良し、と思えるようになりました。そして今現在の仕事を生きがいにする私自身、これからも生き生きと人生を送る姿を見せていきたいと考えています。

「人は共感しなければ動かない」(p199)
→これは上司、両親、教員など、「上に立つ者」が考えるべき一文だと感じます。どれほど教育的に指導をしようと、しつけを施そうと、相手に対する共感がなければなかなか動いてはもらえないでしょう。もちろん、一時的に動いてもらえることもありますが、それは自発的というよりは、強制的にされたがゆえに「渋々」動いているだけかもしれません。相手への共感。この大切さを感じます。

「『今』が幸せの原点であり、将来のもっと素晴らしい幸せを人は目指すべき」(p204)
→私が敬愛する佐藤初女先生も、「今、ここが幸せ」と生前説いておられました。大事なのは「今」を生きることなのですよね。と同時に、自分の気もちに正直になり、更なる幸せをめざすことも、人として生まれた以上、極める権利はあると私は感じます。なぜなら、自分自身が幸せを感じられず、あるいは忍の一字で人生を送ったとて、それはいずれ周囲に影響を及ぼしてしまうからです。

他にもたくさん紹介したい文章が本書には収められていました。コミュニケーションに関心がある方、子育て中の方、部下を持つ方を始めとする、あらゆる方に読んでいただきたい一冊です。

最後にもう一つだけ。

「ドアの中にいる人にどうしても会いたいのだと、本気で思っているなら、開けてもらえるまで、あの手この手でノックを続けることです。」(p74)

諦めないこと。求め続けること。自分を信じること。その大切さを私は本書から学びました。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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