INTERPRETATION

第111回 部下、そして上司

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

いよいよ今日から4月。新たに進級・進学・入社したみなさま、おめでとうございます。心に決意を秘めてそれぞれの道を歩み始めていらっしゃることと思います。みなさまにとって幸多き未来へと続きますように。

さて、毎年この時期になると思い出すことがあります。それは随分前に携わった、ある業務に関してです。通訳者として、あるプロジェクトに携わったのですが、そのときの担当上司が非常に印象的だったのです。その業界の中ではなかなか個性の強い方として知られていたそうなのですが、今思い出してみても「上司」として素晴らしい方でした。

まず「方向性をしっかりと持っていたこと」です。組織としてどこを目指すのか、はっきりと描いておられ、それを常に部下にも伝えていました。業務に携わる私たちはその目的を意識しながら、同じ方向に向かって歩むことができたのです。

2点目は「部下を守る」という姿勢です。「私たちには達成すべき目標がある。すべての最終責任は私にあるから、君たちには伸び伸びと仕事にあたってほしい」と常に口にしていた上司でした。現に外部から意見が来た時、そうした言葉に耳を傾けつつも決して迎合することなく、ましてや一緒になって部下を悪く言うことなど一切せず、むしろ私たちをかばってくれたのです。そのような姿を見ていた私たちは、「この上司のためにも精いっぱい業務に励もう」と思ったものでした。

3つ目は「反対意見を恐れなかった」点が挙げられます。人間というのは、責任が増えるほど守りに入りがちだと言われます。その上司も自らの立場上、保身に回ってもおかしくない状況にありました。けれども組織の目標や使命を心の中にしっかりと持っていたからこそ、外野の意見を恐れずにいられたのでしょう。部下として身近で見ていて冷や冷やすることもありました。けれども「世の中にとってのベストは何か」というスタンスで仕事に当たる上司の姿に、外部もやがて理解を示すようになったのです。

今思い返してみても、部下にのびのびと仕事ができる環境が与えられたこと、そして何よりも部下たちを絶対に守るという姿勢を上司が見せたということが、そのプロジェクトを成功させたのだと感じます。良きロールモデルの姿を見ることができ、自分自身が上に立った際にどのような言動をとるべきかが分かったように思っています。

(2013年4月1日)

【今週の一冊】

「SP野望編」出演:岡田准一、堤真一、真木よう子他、波多野貴文(監督) ポニーキャニオン、2011年

いつもは書籍の紹介なのだが、今回は特別にDVDを。たまたま3月末に2夜連続でテレビ放映された映画「SP」。偶然観たのだが、謎多きストーリーに見ごたえ大のアクションにすっかり魅了されてしまった。

ネタバレになりそうなので、詳しくは本編を観ていただけたらと思うのだが、何よりも面白かったのは、急展開のストーリー、そして伏線が様々なところではられていたことである。

ここ数年、邦画がどんどん面白くなってきている。「SP」は元々テレビドラマでスタートしたのだが、映画館の大画面で本作を観られたらきっとスリル満点だろう。私の場合、ドラマを見ないままいきなり映画を観るという、いわばフライング状態でのスタートだったので、今後はじっくりとDVDでドラマ編を味わおうと思っている。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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