INTERPRETATION

第114回 選択肢を少なくしてみる

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

今の時代は本当にたくさんの選択肢がありますよね。レストランのメニューでも英語学習用のテキストでも、おびただしい中から私たちは選ぶことになります。実際、何か行動するにあたっては、常に「選ぶ」という行為を繰り返しながら私たちは日々生きているのです。

情報がこれだけ多くなり選択肢も増えると、一見豊かに思えます。しかしその一方で私は近年、あまりの量の多さに息苦しさを覚えることがあります。なぜこれほどたくさんあるのだろう、一体どれを選べばよいのか。そんな風に考えてしまうと、余計疲れてしまうのです。

たとえば本を買うとしましょう。私が学生のころは大型書店の数も限られており、ネット書店も存在しませんでした。その代わり、個人経営の本屋さんが至るところにあったのです。

私の実家の最寄駅は当時、乗降客も少ない駅でした。けれども駅前には小さな書店がありました。仕事でくたびれて駅に降り立ち、「このまま家に帰るのもなあ」などと思いながら立ち寄る書店。思いがけず良書と出会うと疲れも吹き飛びました。職場でもなく家でもない、第三の場所。それが地元の本屋さんが果たしていた役割でした。

少ない書籍数ではありましたが、オーナーの哲学が反映されていたのでしょうね。そうした選択肢の中から選べたのは幸いだったと思います。

一方、わざわざ大型書店に出かけたものの、あまりの書籍量に圧倒され、結局何も買わなかった、ということがあります。気力体力が元気な時は書棚に並ぶ本の量も気になりません。けれども少々疲れている時など、かえってプレッシャーを感じてしまうのです。一通り棚を眺めているうちに余計ぐったりしてしまい、「ま、今日は何も買わなくてもいいか」と思ってしまう。そんなことがあります。

ところで私は英語学習のアドバイザー業務も行っているのですが、よく相談者から尋ねられることがあります。それは「どのテキストがお勧めですか?」という問いです。「先生、一番効果がある問題集を教えてください」という真面目な気持ちが伝わってきます。しかし、この質問が実は私にとって一番答えに窮してしまうのです。

なぜでしょうか?それはひとえに生活環境や英語力、学習状況といった要素が学習者個々によって異なるからです。興味の対象も人それぞれです。そうしたことをどれだけヒアリングして最適と思えるようなテキストを紹介できたところで、やはり限界があるのです。

ある程度の「候補テキスト」はもちろん紹介できます。けれども最終的には学習者自身が選んで取り組んでみるしかありません。その過程には「やっぱりこのテキストは合わない」といった展開もあり得ます。そうした失敗も含めて「勉強」なのですね。

ただ、ひとつ言えること。それは先の書店の例にもあるように、あまり「選択肢を広げすぎない」ことも挙げられます。限られた中からじっくり選ぼうとすれば、「集中しながら真剣に選択する」ことができます。数が多すぎると選ぶ基準が散漫になってしまうからです。

自分の直感を信じ、失敗も含めて「学び」と考える。あえて選択肢を少なくするというのもこれからの時代、ひとつのポイントになるのかもしれません。

(2013年4月22日)

【今週の一冊】

「間取り図大好き!」間取り図ナイト・編、扶桑社、2013年

私は幼いころから地図や間取り図が好きで、時間を忘れて見続けることがある。そういえば交響曲のCDを聞きながらスコアを眺めるのも楽しい。何か記号のようなものが並んでいてそれを解読するという作業が性に合っているのかもしれない。

今回ご紹介するのは、オモシロ間取りが掲載された本。日本の場合、不動産広告に間取りが出ているが、実はとんでもない間取りが世の中にはあったのだ。玄関を入って廊下を歩いて行ったら、なぜか窓ガラスもないままベランダに通じていた、といった物件が本書には紹介されている。間取り図と共に寄稿者のコメントがあるのだが、そちらもまた爆笑モノである。

この本を知ったのは、日経新聞の文化欄に掲載されていた記事がきっかけである。森岡友樹さんはネットで面白い間取り図を紹介するサイトを運営しているのだが、その森岡さんの文章が新聞に出ていたのである。私も間取り図を眺めながらあれこれ想像するのが楽しいタイプなのだが、世の中にはそうした人たちがたくさんいることを知った。

「今まで間取り図なんて意識したことなかった」という方、本書を読めば間取り図への愛着も増えるはず。ちなみにイギリスで暮らしていた頃は間取り図がなくて家探しに困ったことがあったっけ。これもお国柄なのかもしれない。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END