INTERPRETATION

第573回 地声にしてみてわかったこと

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先週のコラムでアナウンス研修を受けたと書きました。先生から頂いたヒントを通訳現場で実践するようになり、体の調子が劇的に改善。今までいかに不自然な声や姿勢で通訳をしてきたかを痛感しています。長年、良かれと思っていた発声法が、実は心身に多大な負担をかけていたのでした。

先生からのアドバイスの一つが「地声」について。私はずっと自分の地声が好きではありませんでした。家族や友人などと話すときの声と、「お仕事における声」を明確に使い分けていたのです。地声は低いのですが、お仕事ボイスはそれよりもオクターブは高く発していました。それが正しいと思っていたのです。

けれども、先生はこうおっしゃいました:

「柴原さんはもう十分年月をかけて通訳の仕事をなさってきたのです。だからご自分の地声で良いと思いますよ。」

この一言に私はハッとさせられたのです。

フリーランス通訳者として仕事をしていると、「ミスをしたら二度と仕事が来なくなる」という恐怖があります。実際、そこまでシビアではないにしても、「仕事を途切れさせる」ということは、収入や生活にも影響が出ることを意味します。よって準備を十分におこない、当日は言いよどみや言い直し、誤訳などがないようにと意識して仕事をしてきました。「聞きやすいメリハリのあるデリバリー」を実現すべく、「高めの発声」を重視していたのでした。

しかし、アナウンス研修後に地声で通訳をするようになると、心身への好影響が顕著になりました。具体的には、

1. 肩・首・肩甲骨の疲労が激減
地声で話す=お腹からしっかり発声。不自然な力が肩や喉にかからなくなり、疲れなくなった。

2. 体への負担が減ったことで、通訳に集中できるようになった
それまでは「ああ、体がツライ」と内心思いながら集中力を維持せねばと通訳していた。しかし、体の負担が減ったことで、通訳内容に意識を向けられるようになった。

3. 訳出の取捨選択をするようになった
私の場合、高い声を出すことで早口通訳ができていた。しかし、地声にすると早口が難しくなる。その分、ゆっくりと落ち着いて「内容自体」を吟味して訳出するよう心掛けられるようになった。

このような感じです。

そしてもう一つ、思いがけない「好転」がありました。人間関係においてです。誰にでも「ちょっと苦手な状況」「あまり得手ではない相手とのコミュニケーション」というのはあると思います。私の場合、そのような環境下に置かれると、声が上ずって早口になっていたのですね。でも地声を意識するようになったところ、とても心が落ち着き、その場でのコミュニケーションがとりやすくなりました。

つまり、こういうことなのです。「作り声」というのは、自分の声のみならず、自分の性格や価値観をも「表面的に作って」しまうのだ、と。ゆえに自分らしさが失われ、苦しくなってしまうのでしょう。

私が尊敬するTBSラジオアナウンサー・遠藤泰子さんは、かつて高い声で話しておられたそうです。しかし、1990年に朝の情報番組「森本毅郎・スタンバイ!」を始めた際、森本さんから「あなたは地声で良いと思う」と言われ、声を変えたとのこと。それが自然体として定着し、泰子さんらしさが出たのでしょうね。番組は昨年12月に放送回数8500回を突破しています。

声というのはメッセージの伝達手段だけではありません。実は話者である当人の心をも整えてくれ、自己肯定感をも高めてくれるのだと感じています。

(2023年2月14日)

【今週の一冊】

「毎日4分で超快適!超ラジオ体操」(谷本道哉著、扶桑社、2019年)

先日の本稿でTestosteroneさんの筋トレ本をご紹介した。今回のテーマはラジオ体操。実は数週間前、あまりにも自分の体が凝り固まっているのが嫌になり、「とりあえず」ラジオ体操を始めてみた。平日朝6時25分からEテレで放映している番組を観たのだが、画面に映し出される出演者の皆さんとそっくり同じ動きでトライしたところ、かなりの運動量!「ラジオ体操なんて小学校の運動会か夏休みにやるもの」と思っていた私は大いに反省したのである。以来、朝だけでなく、NHKのテレビおよびラジオの放送時間に合わせて体を動かすようになった。大真面目にやればやるほど効果大であることを実感中だ。

今回ご紹介するのは、そのラジオ体操を軸に谷本道哉さんがアレンジした運動。カラー図解入りで、QRコードも付いているため、動画でもチェックできる。ポイントは「ゆっくりと体を動かすこと」。何となく動かしているだけでは、どこを鍛えているのかわからなくなり、効果も期待できない。だからこそ、ゆっくりじんわりと動かすことが、その筋肉へのアプローチにつながる。

動きの他にも栄養や運動についての読み物が充実。「筋肉は何歳からでも強くなる」(p73)、「関節は『消耗品』。いたわることを忘れずに」(p88)など、日常生活を送る上で大切なことが綴られている。私自身、ラジオ体操を機に自宅にいても体をこまめに動かす大切さを感じているところ。ぜひ多くの人が体を動かすことで、心身の健やかさを取り戻してもらえたらと思う。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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