INTERPRETATION

第609回 聞き間違い・見間違い・勘違い!

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日ワイヤレスイヤホンを購入しました。実は以前も持っていたのですが、ワイヤレスの充電が煩雑に思えて使いこなせず家族に譲渡。その後、有線のイヤホンを用いるも、やはりコードがうっとうしい(笑)。そこでまたワイヤレスを購入したのですが、今度はどこかに紛失!それでようやく落ち着いたのが、今愛用しているイヤホンです。こちらはノイズキャンセリング仕様です。

ノイキャンも色々な種類がありますが、今回のはかなり本格的。比較サイトなどでじっくりリサーチしてから決めました。というのも、近年私の「聴覚過敏」が著しくなってきたからです。以前であれば電車内や街中の音など何とも思わなかったのですが、最近どうしても気になってしまう。単に「騒々しい」というよりも、心理的にこたえてしまうのですね。

この話を他の通訳者にしたところ、「聴覚過敏」という言葉を教えられました。通訳業の場合、物凄い集中度合いで音を聞きますので、それが日常生活でも意図せずにして発揮されてしまうのです。ゆえに音への感度が上がり過ぎてしまい、周りの音が辛くなってしまうことがわかりました。私の場合は件のノイキャンイヤホンのお陰で今は楽になっています。ただ、耳は商売道具ですので、日ごろから大事にしないといけませんよね。ちなみにイギリスの人気バンドColdplayのボーカルChris Martin氏は、耳鳴りに悩まされているそうです。ミュージシャンは大音量でコンサートをするため、本当に大変だと思います。

さて、今週のお題。「聞き間違い・見間違い・勘違い」がテーマです。

たとえば先日のこと。朝のラジオ番組で、
「あなたもポンカツ、始めませんか?」
と聞こえました。

・・・ええっ??

一瞬わけがわからなくなりました。頭の中では「新手のカツどん?レモン味?」「それとも某コンビニ・キャラクターの亜種?」「昔のマヨラーブームの味ぽん版??」などと思う始末。その後のナレーションを聞いて「温活」であることが判明しました。

他にも大学構内のポスターに「キャサリン」とあり、「いったい誰??」とよーく見たら「キャリセン(キャリアセンターの略)」ということもありました。

日常生活であれば笑い話で済みますが、困るのが通訳現場。特に私が勘違いしがちなのが、二重否定の文章です。ストレートに肯定文で言ってほしいのですが、話者もオブラートに包んで話したいのでしょうね。同時通訳の場合、最初に否定語が出てくると、私など頭のなかはそのまま否定文でGo!!となりがち。でも最後まで聞いたらまた否定語が来てしまい、焦る始末です。

「転んでもただでは起きない」を信奉する私として、せっかくですのでこれも糧にしたいところ。先の単語を調べてみました。「味ぽん」は商品名で、一般用語であれば「ポン酢」。英語では何とそのままponzuだそうです。あえて説明するなら、soy sauce mixed with citrus juiceとなります。一方、「キャサリン」で思い出すのが、1947年に関東・東北地方に甚大な被害をもたらした「カスリーン台風」はTyphoon Kathleenです。「オブラート」の語源はオランダ語のoblaatですが、英語圏では粉薬はすべてカプセルに入っているため、日本のように「オブラートに包んで飲む」という習慣がそもそもないのだとか。強いて訳すなら、soluble medical waferとなります。
https://www.icrip.jp/eigocafe/2021/05/06/menu_26/

というわけで、様々な思い違いから新たな知識を得られてホクホク顔です。

(2023年11月14日)

【今週の一冊】

「僕はモネ(芸術家たちの素顔)」サラ・パップワース著、岩崎亜矢監訳、パイインターナショナル発行、2015年

中東情勢の放送通訳が続く中、お受けしたのが絵画関連の通訳。毎日心が辛くなる戦争関連ニュース三昧だっただけに、美術の通訳に救われました。その絵画展とは、フランスの画家モネに関するもの。上野の森美術館で現在開催中です。

通訳案件となると、どれも予習が必須。私自身、モネを始めとする印象派は大好きですが、体系的に学んだわけではありません。そこで手に取ったのが今回ご紹介する一冊。様々な画家が取り上げられているシリーズに収められています。子どもでもわかりやすくモネの生い立ちや人柄、作品などの解説がなされているのが特徴です。

モネは子どものころ、勉強が不得手。授業中には先生たちの似顔絵を面白おかしく描いていたそうです。その後、本格的に絵を描き始めるものの、既定路線に違和感を覚え、独自路線へ。同じ対象物を何度も描く「連作」という手法を確立させました。中でも有名なのが「睡蓮」「積みわら」です。一見同じ絵に見えますが、季節や時間帯が異なっており、光と影に違いがあることがわかります。

絵画展を観る際、事前に画家の人生を知っておくと、なぜその作品が生まれたのか、時代背景への思いも深まります。「モネ 連作の情景」は来年1月28日まで開催中です。
https://www.ueno-mori.org/exhibitions/article.cgi?id=1155263

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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