INTERPRETATION

第144回 世の中を支える人たち

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

独身のころ、こんなことを考えていました。「結婚してもし子どもに恵まれたら、工場見学に行きたい」と。なぜか「工場見学」というのが私の中では大きなキーワードで、色々な工場を見てみたいという思いを募らせていました。

縁あって結婚し、その後二人の子どもに恵まれたのですが、この自分へのお約束(?)はしっかり実現されています。これまで出かけたのはゴミ処理工場、乳製品工場、お菓子工場にリサイクル工場、飛行場整備場などなど。他にも劇場のバックステージツアーや博物館ウォーキングツアーもよく応募しては出かけています。

先日向かったのはJRの整備工場でした。こちらは大人向けのものだったのですが、以前、早稲田大学教授・遠藤功氏がNHKの「ラジオあさいちばん」でこの工場を紹介していました。以来、いつか見学したいと思っていたのです。

通訳の仕事をしていると、視察先としてこうした工場に向かうことがあります。それも私にとっては刺激があり、役得だなあとありがたく思います。けれども業務中ですので、自分の好奇心の赴くまま質問することはできません。ですので、「一見学者」として出かけられるときは子どものようにワクワクしてしまいます。

さて、今回行ってみたJRの整備工場。正式名称は「大宮総合車両センター」と言います。在来線はもちろんのこと、SLの復元なども手掛けています。新幹線の整備は仙台で通常行われますが、ちょっとした修理などはスタッフを派遣して走行中に車内で直すのだそうです。

この日は最初に担当スタッフから概要を聞いた後、センター内を歩いて見学しました。一応屋根は付いていますが、外から車両を入れるための線路も引かれています。夏や冬などはさぞ天候に悩まされることでしょう。案内役の方に伺ったところ、雨でも風でも雪でも業務時間内は作業に従事するとのこと。納期があるからです。2011年の大震災のときにはパーツなどをここから運び出してフル稼働だったとのことでした。

歩きながら作業を眺めていていくつか気づいたことがあります。1点目は「全員がチームで動いていた」という点です。ねじを動かす人、スイッチを押す人、監督する人など、必ず複数であたっていました。

2点目は「誰もがキビキビと動いていた」ことが挙げられます。背筋はピンとしており、場所から場所へ動く際もスッスと歩いていました。作業工程において無駄を省いているのが分かります。

3つ目は「みだしなみがきちんとしていた」点でした。センターの入り口に、制服やヘルメットの着用法が等身大パネルで示されていたのですが、どのスタッフもその通りに着ていました。日ごろ私は海外のニュースを通訳していますが、たとえば「自動車生産台数」などの話題のときには現地の工場が映し出されます。たまたまなのかもしれませんが、そうしたニュースで目にするのは、Tシャツ姿でガムをクチャクチャと噛みながら作業する人たちの姿なのです。一方、今回訪ねた車両センターではそうした光景は一切見受けられませんでした。

今回見学してみて思ったこと。それは、こうした方々こそが今の世の中を支えているという点です。一人一人の作業員がインターネット上で讃えられることはないかもしれません。それでも黙々と、私たち利用者の安全のために今日も地道に働いているのです。書店へ行けば「自己実現」「自己計画」「目標設定」「夢の実現」といった書名が並んでいます。しかし、そのようなことよりも、まずは目の前に与えられた「やるべきこと」を忠実に、誠実にこなしてくれる人たちが世の中にはいるのです。

今の時代、ついつい「目標を達成すること」が美徳のように思われてしまいます。それができずに焦ったり悩んだりする人も少なくないでしょう。けれども結局のところ、目の前にある課題をしっかりと行うことが、実は大きな社会貢献のように私は思うのです。

(2013年12月16日)

【今週の一冊】

「仙台ルール」都市生活研究プロジェクト[仙台チーム]著、中経出版、2013年

みなさんにとって「お気に入りの街」はどこだろうか?忘れられない場所というのは私にもたくさんある。子どもたちがもう少し大きくなったら出張を伴う仕事も引き受けて、未知の場所に足を運びたいと思う。

ここ数年、魅了されているのは仙台である。たまたまある企業の語学アドバイザーとして赴いたのが初訪問のきっかけだった。大震災の後だったのだが、以来、公私で何度か訪ねている。行くたびに市内の復興していく様子が分かる。ただ、私が見ているのは中心地だけだ。沿岸地域の人々はまだまだ苦しい生活に身を置いているはずだ。

今回ご紹介するのは仙台に関する本。街のことをあらゆる角度からユニークにとらえ、訪問者のハテナに答える形となっている。私は新しい街を訪れた際、なるべく「なぜ?どうして?」と子どものように感じることを心がけている。「関東と比べたら?」「外国と比較したら?」という具合にとらえてみると、小さなことも不思議に思えてくるからだ。

たとえば仙台で地下鉄に乗ったときのこと。エスカレーターでは人々が右に立っている。「なるほど~、関西と同じなのか」と思いきや、そのままJRのエスカレーターへ移ると何と皆、左に立っている。「この棲み分けは一体なぜ?」と考え始めると調べ抜きたくなるのは通訳という仕事柄かもしれない。

そんな疑問にも答えてくれたのが本書。詳しくはぜひ中身を読んでいただけたらと思う。一人でも多くの人がこの本から仙台の魅力を感じ取り、観光客が増えて東北の復興へとつながればうれしい。

最後にもう一つ。先週、このコラムで本のオビの魅力について触れたが、本書を仙台駅で購入したのは楽天優勝の直後。「初優勝おめでとう!」のオビが書店で目立っていた。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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