INTERPRETATION

第228回 アンケート

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日のこと。あるチェーン店でスイーツを買ったところ、レシートに目が留まりました。そこに記されているアドレスにアクセスしてアンケートに答えると、次回お店を訪ねた際、スイーツを無料でプレゼントしてくれるのだそうです。

早速インターネット経由でアンケートに答えてみました。内容は購入時のお店の様子や店員の態度、商品の味などについての質問です。5分ほどで答えることができる簡単なアンケートでした。回答を終了すると番号が表示されますので、あとはそれをレシートに書き写すだけ。次回そのお店へ買いに出かけた際に店頭で見せればごほうび(?)のスイーツがプレゼントされるという仕組みです。

なるほどと思いました。このような方法を取ればお店にとってもフィードバックになりますし、従業員にしてみれば接客態度などを振り返る良い機会になるでしょう。お客様ハガキを直筆で書いてもらうよりも、消費者にとってはネット経由ですので手軽にできます。そして何よりもスイーツのオマケというのはうれしいですものね。こうしたサイクルができればそのお客様もリピーターとなってくれることでしょう。最近のマーケティングも進化していると改めて感じました。

さて、アンケートと言えば、最近はいろいろなところで実施していますよね。セミナーなどでも同様で、講義内容や講師への感想、またセミナー運営そのものについてのフィードバックなどが書けるようになっています。クラシックコンサートでも鑑賞後の意見を書くタイプの質問用紙がプログラムの中に入っていることがあります。主催者にしてみれば一方的に講演会やコンサートを実施するにとどまらず、どんどん反応を入手して改善し、次につなげていきたいということなのでしょう。ビジネスの世界でPDCAという用語がありますが、「計画・実行・評価・改善」はどの分野でも共通しているのでしょうね。

私は子どものころからアンケートと名のつくものが好きで、子ども用コミック雑誌や子ども新聞などのアンケートにせっせと答えていました。その頃は抽選プレゼントに惹かれての応募だったのですが、今にして思うと、「自分の意見を書く」「文章をつづる」ことの貴重なトレーニングだったのかもしれません。現にアンケート好きは今に至っており、ここ10年ほどは企業モニターなどに応募して商品テストやアンケート回答に楽しく取り組んでいます。

ちなみに回答をする際、個人的に心掛けていることがあります。それは「読んでいただけるようなコメントを書くこと」です。どれほど正論を書いたとしても、こちらのメッセージが伝わらなければアンケートは無駄になってしまいます。そのためにも読み手の心にスッと入れるような文章をつづりたいと思っています。

具体的な心掛けには以下の3つがあります。

一つ目は「マイナス意見を避けること」。

どれほど強靭な精神の持ち主でも、批判コメントやバッシングのような言葉を投げかけられれば、そこで扉が閉ざされてしまいます。「あ、このコメント、読みたくない」と読み手に思われてしまえば、それ以上読んでもらえないかもしれないのです。そうなると、たとえ書かれている内容がもっともなものであっても、読んだ本人が自らを省みて改善していく確率は下がってしまうかもしれません。建設的な意見をいかに展開するかが書き手には求められます。

2点目は「ですます調で書くこと」。

多少厳しいコメントであっても、相手に話しかけるように丁寧な文章で展開すれば、内容も穏やかになります。私はアンケート回答の際には必ずですます調でまとめるようにしています。

最後は「日本語の特徴を生かすこと」。

具体的にはあいまい語の使用です。たとえば「空調がすごく寒かった」と書くのももちろんアリですが、「会場の空調が寒かったように感じられましたので、可能であれば調整して頂けると助かります」の方が丁寧に聞こえますよね。

ざっとこのような具合です。

そして何よりも重要なことをひとつ。

セミナーやイベント終了「後」にアンケートでクレームを書く方もたまにいるようですが、もしその場で解決できることであれば、勇気をもって依頼した方が良いと思うのですね。寒いのであれば主催スタッフの方に早めに伝えたり、講師の声が小さいと思えるならば、その場で声を大きくしていただくか、マイクを調整していただくなど工夫できることはあるはずです。我慢しながら参加するよりも、早い段階でお願いすれば、参加者全員にとっても助かることになります。

随分前のことですが、とあるセミナーで通訳をした際、来場者アンケートを主催者が見せて下さったことがありました。その中で「○○についての話がもっとあると思った。レジメの△△のトピックは明らかに流しているように感じられた」と記されていたのです。主催者も外国人講師もそれについては「セミナー終了前にあれほど質疑応答時間があったのに、なぜそこで質問してくれなかったのか」という反応でした。至極もっともだと思います。

アンケートには建設的な意見を。

書く前に改善できることがあるならば早めに行動を。

そのように私は思っています。

【今週の一冊】

「10分で読める 命と平和につくした人の伝記」塩谷京子監修、学研、2015年

日々の生活を続けていると、気力に満ち溢れていることもあれば、気分が乗らない日がある。私の場合、計画を立てて一つ一つをこなすという行為が好きだ。よって、心身ともに元気であれば予定もずいぶんはかどる。しかし人間は機械ではない。どう頑張っても遅々として進まないときはあるのだ。それは誰にとっても同じだと思う。

気力がなえてしまったときどうするか。私の場合、とにかく疲労回復が最優先となる。適度な運動をしてあえて体を疲れさせ、質の良い睡眠を確保するのも一つだ。ほかにも、旬のものを食べたり、手紙を書いたりもする。日常とは異なる作業をすることが、私にとっては体力を挽回する方法となっている。

中でも疲労回復に大いに貢献してくれるのが読書だ。本を買うという行為が一つのステップとなる。ただ、大型書店では見て回るだけで疲れてしまう。適度な規模は駅前の中型書店か、エキナカにある小さなブックストア。限られた冊数の中から選ぶ方が、体が疲れているときは買い求めやすい。

今回ご紹介するのは小学生向けに書かれた偉人伝シリーズ。これを買った日、私は夏の疲れがドッと出てしまい、ぐったりしていた。ちょうど茨城で鬼怒川の堤防が決壊したころだ。私自身、気力体力が低レベルにまで落ちてしまったのだが、世の中にはもっと大変な境遇の方たちがいる。そう考えると、自分の疲労など大したことではないと思えてくる。

するとふと、「命に貢献した人はどのような人たちだろう?」という疑問が湧いてきた。書店の児童書コーナーを歩いていたとき真っ先に目に入ってきたのが本書である。野口英世、ナイチンゲール、キング牧師、ダイアナ妃など、紹介されている偉人たちは多岐にわたる。こうした方たちはそれぞれの時代において困難を乗り越えながら世のために尽くした。それが平易な文章から伝わってくる。

自分の心が疲れたとき、少しだけ視野を広く持ってみる。世界という枠で今の時代をとらえてみる。そうすると自分自身がいかに恵まれたかに気づかされる。小学生向けに書かれた文章は単に「易しい」だけではない。ことば一つ一つから「優しさ」も伝わってくる。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END