INTERPRETATION

第299回 「なぜ?」ではなく、「どうする?」

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

先日のこと。とある案件で担当者とやり取りをした際、あやうく連絡ミスで大変になりかけたことがありました。幸い早めに気づいたおかげで事なきを得たのですが、正直、かなり焦ったのは事実です。

「なぜこのようになったのだろう?」と私なりに考えてみました。そこでわかったのは、「(1)当事者同士がやり取りすれば良い内容だった、(2)しかし実際には間に複数の人が入っていた、(3)ゆえに連絡が行き届かず誤解が生じた」ということでした。今回は少人数だけの問題で済みました。けれどもこれが大企業ともなれば、大問題になります。会社の不祥事などは、実はこうした小さなことが雪だるま式に膨れ上がって生じてしまうのでしょう。

この件を機に、「失敗」について調べてしました。そこで読んだのが「失敗学のすすめ」(畑村洋太郎著、講談社、2000年)でした。畑村先生によれば、やはり失敗を分析し、再発防止を防ぐのが大切とのことです。今回私が体験したことに当てはめると、最初の段階で私から担当者に対して「では、○○さんには私から直接連絡します」と一言伝えれば済んでいたのです。本書から教訓を得ることができたのでした。

ちなみに通訳現場でも私はたくさんの失敗をしてきました。数字を間違えてしまった、誤訳をしてしまった、思い込みで正反対の内容に訳してしまったなど、今思い出しても散々だったことは数知れません。経験を積むことで「決定的な誤訳」を避けられるようにはなりましたが、それでも毎回仕事の終了時には「ああ、あの単語も拾えなかった、あの話題も付いていけなかった」と思いながらトボトボと通訳現場を後にします。

デビューして間もないころ、私は某大手企業に期間限定の社内通訳者として派遣されました。正規職員として社内通訳に携わる大先輩と二人一組で取締役レベルの通訳業務を仰せつかったのです。私から見るとその先輩の通訳はほれぼれするほど素晴らしく、自分の訳があまりにも拙いことに恥ずかしさを覚えたのでした。

とある会議でのこと。取締役のお一人には英日完璧バイリンガルの方がいらっしゃいました。その方が、先輩通訳者の訳を聞き終えた後、突然こうおっしゃったのです。”I don’t think that’s what Mr. X wanted to say. The interpreter got it wrong.” そう、先輩通訳者の完璧な訳に対して「ダメ出し」をなさり、そこから改めてX氏の述べたことをご自分なりに訳されたのでした。

確かにその方の訳の方がX氏の意図に近い部分はあります。けれども先輩通訳者の訳でも私には十分と思えました。ただ、社内会議というのは、微妙なニュアンスなども含む必要があるのですよね。その会議に至るまでの経緯、社内の雰囲気など、様々なことが積み重なって今に至るのです。先輩通訳者は最大限の努力で訳出なさっていましたが、以前からいらっしゃる取締役の皆さんにとっては、もっと踏み込んだ部分まで訳出してほしかったということなのでしょう。

通訳という仕事は、「辞書通り訳したからOK」というものではありません。私自身、「えぇ?そうおっしゃったから、その通り訳したのに。ダメ?なんでぇ?」と心の中で悲痛な叫びをあげることがあります。自分では正しい訳をしたつもりなのに、お客様から単刀直入に、あるいはやんわりと指摘されたことも一度や二度ではありません。そのたびに悔しさと恥ずかしさでその場から逃げ出したいと思ったものです。

でも、主役は私ではなくクライアントです。「お客様にご満足いただけないなら、それは私のミスなのだ」と私は思うようになりました。

ではどうするか?数字ミスであれば、数字の通訳訓練をするのみです。知識不足ならばひたすら本を読み、背景知識の強化を図るだけです。失敗から謙虚になり、トレーニングするしかない。スポーツ選手と同じです。

「なぜ間違ってしまったのだろう?」と自問自答することは構いません。原因を特定すれば解決策を考えられます。けれども、「あの時ああしておけば」「どうしてあんなことを」と悔やんでも一歩も進めないのです。「後悔」というのは確かに自らを謙虚にする貴重な作業ですが、それも行き過ぎると「でもあの時は○○だったから」と言い訳も出てきます。つまり「後悔」には、「できなかった理由」を述べ立てる危険性がもれなくついてくるのです。

明らかに自分の力不足・勉強不足であれば、改善できるような作業を行動として起こすしかありません。「なぜ?」ではなく、「じゃ、どうする?」という言葉を自分に投げかけ続けなければならない。そう私は思っています。

そしてこの「では、どうする?」という問いかけは一生続くと私は考えます。

(2017年3月21日)

【今週の一冊】

「地球の今と歴史がわかる ビジュアル世界大地図」 左巻健男監修、日東書院、2014年

先日大学図書館の新刊コーナーで、興味深い本を見つけました。「知っておきたい化学物質の常識84」(SBクリエイティブ、2016年)です。ちょうどその時私は毒物や化学物質などについて勉強したいと思っていました。と言うのもマレーシアで金正男氏が殺害されたばかりだったからです。その本には日常生活の中にある化学物質についてわかりやすく解説しており、とても参考になりました。それを機に、著者の左巻健男先生の本を探したところ見つけたのが、今週ご紹介する一冊です。

本書は翻訳本で、元はDorling Kindersleyが出しています。この出版社はイギリスを拠点としており、ビジュアル系の本をたくさん出版しています。私は日ごろ通訳の予習をする際、「子ども向け本」をまずは読みます。ドーリング社はそうした書籍をたくさん出しているのですね。今回ご紹介する本も年齢を問わず親しみやすい作りです。

少し大きめのハードカバー本をめくってみると、自然や生きもの、歴史や文化など多様なアングルから地球をとらえているのがわかります。どのページも見開きで世界地図があり、もちろん、イギリス発行だからなのでしょう、センターにはイギリスが位置しています。私は地図が好きで自宅でも地図帳を愛用しているのですが、本書の場合、テーマ別に描かれており、見やすくなっているのが特徴です。

中でも目を引いたのは「隕石」です。たとえば南アフリカでは18億年前に直径10kmもある小惑星が「フレーデフォート衝突構造」というクレーターを作りました。ちなみに世界最大の衝突クレーターは直径300kmもあるそうです。思わず「君の名は。」を思い出さずにはいられませんでした。

巻末には索引が充実しています。手元に本書を置いておけば、通訳準備はもちろんのこと、好奇心に応じてたくさんの知識を吸収できることでしょう。ちなみに索引で「ジェットコースター」を見つけたのでそのページをめくってみたところ、日本はジェットコースター大国だったのですね。世界最大の落下角度を誇るのは富士急ハイランドの「高飛車」だそうです。その角度たるや121度!高度恐怖症の私には縁遠い世界・・・です!

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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