INTERPRETATION

第12回 それでも紙が好き

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

仕事柄、iPodやネットなど、最新の電子機器やネットワークに本来であれば精通していなければならないのですが、私はいまだに「紙」が好きなタイプです。辞書をとってみても、仕事でこそ電子辞書を使いますが、家ではもっぱら紙の辞書派。ちなみに実家への連絡は今なおハガキか封書の手紙です。

もちろん、ワードやパワーポイント、エクセル、iPodやiPadの魅力や長所は十分把握しているつもりです。けれどもその一方で、紙の持つ長所を否定することはできません。

たとえば「一覧性」があること。新聞を読む場合、ページを広げて見開きにすれば横80センチ、縦50センチほどの大きな紙面になります。ダイニングテーブルに新聞を広げ、立ったまま読むと、その一面に書かれた見出しや写真、広告などは一気に目に入ってくるのです。これはパソコンや携帯画面では決してできないことです。

辞書も同じです。たとえば日本人が苦手とする定冠詞theを「ジーニアス英和辞典」で引いてみると、2ページほどにわたって語義と説明が書かれています。「ジーニアス」のような学習者辞典の場合、2色刷りになっており、重要項目は太字になっていますので、どこが大切な説明なのかが一目瞭然です。ページを開き、ざっとななめ読みするだけでもだいたいの内容は把握できます。しかし電子辞書の場合、名刺より一回り大きいサイズの画面にすぎません。少しずつスクロールしたり、「用例」ボタンや「解説」ボタンを押したりしてようやく全文に目を通すことができるのです。手間がかかればかかるほど面倒くさいという気持ちが出てきてしまいますので、そう考えると紙の方が格段に取り掛かりやすいと言えます。

海外の書籍は印刷フォントの差こそあれ、使われている紙はあまり変わらないようです。一方日本の場合、文庫や新書、単行本や辞書など、書籍の種類によって紙や書体、ひも状のしおりなど実に多様性が見られます。そうした「アート」な部分を味わえるのも、紙の書籍ならではと私は思っています。

電子書籍がどんどん普及するのも時代の流れと言えます。「AかBか」の二者択一ではなく、それぞれの良さをお互いに認めながら、今後も紙の書籍が生き延びてくれることを願っています。

(2011年2月28日)

【今週の一冊】

「ゆたかな人生が始まるシンプルリスト」ドミニック・ローホー著、講談社、2011年

著者のドミニック・ローホー氏はフランス生まれの著述家。ソルボンヌ大学に学んだ後、イギリスやアメリカ、日本などで教鞭をとっている。特に日本の精神文化への造詣は深く、本書もそうした観点から記されている。

前著「シンプルに生きる」は、物を持たない暮らしについて書かれたもので、フランスではすでに40万部のベストセラーとなっている。日本で発売後もマスコミに取り上げられ、世の中の「断捨離」ブームと相まって大いに注目された。

一方、本書は「自分」という人間に焦点を当てるというもので、自分が何を好み、どのような価値観を抱いて生きているのかをリスト作成によってわかるような仕組みとなっている。たとえば自分はどのような人間関係を好むのか、どんな時間を大切にしているかといった設問が出ており、それに答えるよって、自分の考え方を明文化し、はっきりさせることができる。

中でも印象的だったのが、「2分でできることなら、すぐに取り組むべき」という部分。私の場合、やることを思いついたらまずは手帳に記し、優先順位を付けながら取り組むということをここ数年続けて来ていた。しかし、わずか2分でできるのならば、手帳にその項目を書いている間に済ませることは大いに可能だということに気付いたのである。

以来、私は「2分」を「2秒」に置き換え、「2秒以内でできるか?」と自問自答するようにしている。もし答えがイエスならば、手帳に書くよりもやってしまう。その方が結果的には時間の節約になると感じている。

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柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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