INTERPRETATION

第19回 EUの公式言語を英語だけに? 

グリーン裕美

国際舞台で役立つ知識・表現を学ぼう!

皆さん、こんにちは。今週は快晴で汗ばむ陽気のパリからお届けしています。一時帰国中、「次の首相は誰?」と何度か聞かれました。その度に「有力なのは前外務大臣・前ロンドン市長のボリス・ジョンソンだけど、実際誰になるかは全然分からない」と答えていました。それが、先週(6月13日)に保守党党首選・第1回の議員投票でジョンソン氏が圧倒的な票数を確保したので、よほどのことがない限り、やはり彼が次期首相になる見込みです。けれども、ジョンソン氏はMarmite character(Marmiteについてはこちら参照)とも言われていて、熱烈なファンも多いけど、嫌う人も多く、昨夜(16日)放映された党首候補者らによるテレビ討論に不参加だったことも批判されています。先週の投票では10人の候補者が7人に絞られただけで、党首選はあと1か月ほど続きます。

ところでイギリスがEUを離脱すると決めたあと、欧州連合(EU)における公式言語に英語を残すかどうかという議論が起こりました。私自身、ときどきEUで通訳をしているので(しかも英語しかできない)、とても身近な問題です。現在EUでは24言語が公式言語として認められていて、翻訳や通訳にかかる莫大な費用がときどき問題視されます。そこで、紹介したいのは6月15日付のThe Economist誌の記事。見出しは、Brexit is the ideal moment to make English the EU’s Common language(英国のEU離脱は英語をEUの共通言語にする絶好のチャンス)。

EUの歴史を振り返るとドイツ語、フランス語、英語の三つの言語が主要言語として使われてきたけれども、最近はインターネットの普及や中東欧諸国のEU加盟のために英語の使用が主流となり、今では公式文書の8割がまず英語で作成され、そのあと残りの23言語に翻訳されているそうです。

けれどもヨーロッパの中には自分の国の言語に高い誇りを持っていて英語が主流化することに懸念を示す人も少なくありません(特にフランス人)。英語(イギリス、つまりEU離脱を主導したナイジェル・ファラージ氏やボリス・ジョンソン氏が話す言語)をEUの共通言語(common language/lingua franca)にすることは心理的にも政治的にも耐えがたいことです。とはいうものの、イギリスがEUを離脱すると英語のみを公式言語にする流れが強まると考えられます(there has never been a better time for the EU to embrace English as its single official language)。

理由としては以下が挙げられています。

・イギリスがEUを離脱すると英語がEUにおける中立言語となる(Brexit will make English a neutral language within the EU)。英語はアイルランドやマルタの公式言語でもありますが、人口比が少なくあまり問題視されない(Ireland and Malta also speak it, but make up 1% of the remaining population)。あくまでもFIGSと言われる欧州大陸の主要言語(フランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語)から選ぶわけにはいかないと補足します。

・ラテンとゲルマンの両方にルーツを持つため、欧州大陸の言語にするのは本国送還(repatriation)のようなものという意見もあり。

・EU懐疑派(eurosceptic)のイタリアの極右派であったとしても、仏マクロン大統領率いる親EU派 (europhile)であったとしても自国の国境を越えて汎欧州(pan-EU)に活動を広げているが、その場合必然的に英語が使用されている。欧州の統一化を進めるためにも共通言語(lingua franca)の需要は増すばかりだ。

ところで私は英国の大学院会議通訳修士課程でふだんEUの専属通訳者を目指している欧州の学生に接しています。毎年数多くの学生がEUやUNの専属通訳者になることを夢見て入学します。EUの公式言語が英語ONLYになるとEUの翻訳者・通訳者はどうなるのでしょうか。本記事では、”解放された (freed)”翻訳者は社会人の英語教育に従事するよう提案しています(Resources – some perhaps freed by shrinking the EU’s mammoth translation operation – could go towards teaching the language to older and less-educated workers)。

欧州連合は今大きな過渡期にあります。イギリスのEU離脱は多く抱える難題の一つにすぎず、問題解決に向けて今後EUがさらなる統一の方向に向かうのか、少しずつ分断の方向に向かうのか、意見が大きく分かれています。今後は、誰が何語で誰に対して何を訴えているのかにも注目していきたいと思います。

2019年6月17日

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記事を書いた人

グリーン裕美

外大英米語学科卒。日本で英語講師をした後、結婚を機に1997年渡英。
英国では、フリーランス翻訳・通訳、教育に従事。
ロンドン・メトロポリタン大学大学院通訳修士課程非常勤講師。
元バース大学大学院翻訳通訳修士課程非常勤講師。
英国翻訳通訳協会(ITI)正会員(会議通訳・ビジネス通訳・翻訳)。
2018年ITI通訳認定試験で最優秀賞を受賞。
グリンズ・アカデミー運営。二児の母。
国際会議(UN、EU、OECD、TICADなど)、法廷、ビジネス会議、放送通訳(BBC News Japanの動画ニュース)などの通訳以外に、 翻訳では、ビジネスマネジメント論を説いたロングセラー『ゴールは偶然の産物ではない』、『GMの言い分』、『市場原理主義の害毒』などの出版翻訳も手がけている。 また『ロングマン英和辞典』『コウビルト英英和辞典』『Oxford Essential Dictionary』など数々の辞書編纂・翻訳、教材制作の経験もあり。
向上心の高い人々に出会い、共に学び、互いに刺激しあうことに大きな喜びを感じる。 グローバル社会の発展とは何かを考え、それに貢献できるように努めている。
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