INTERPRETATION

第14回 試験官がいっぱい

寺田 真理子

マリコがゆく

通訳にとって、仕事がやりやすいお客さまはどんなタイプでしょう?

わたしの場合は「まったく英語がわからない」というお客さまがいちばんやりやすいです。「役に立っている」という実感が持てますし、チェックされている緊張感がない分、のびのびやれるのです。

バイリンガルだと、どうしても通訳に対する見方はきびしくなるもの。自分だって、人の通訳を聴くときにはついついチェックしちゃいますからね。どんな目で見られている(聴かれている?)かは、わかります。自分が通訳をしたことがあれば、その苦労を知っていて聴いてくれるでしょうから、まだいいのです。そういう経験がなくて、「英語ができる」というのがいちばんやっかいな聞き手かもしれません。

社内通訳だと、会議によっては、何十人かの参加者のほとんど全員がバイリンガルということもあります。日本語への通訳が必要なのは1人か2人。それなのに、機材がなくて逐次通訳でやらないといけなかったりして。社内での経験が長い分、当然通訳よりも知識は参加者のほうが断然上です。「通訳?ふん、どれだけできるのか見せてみなさいよ」という空気をひしひしと感じます。やりにくいことこの上ないです。きびしい試験官に取り囲まれている気分です

そういう状況を経験すると、鍛えられるのは確かですよね。だからといって、わざわざ自分から経験しようという気にはなれないですが・・・。

おもしろいのは、そういう状況での通訳への接し方で、かなりお客さまの人間性が垣間見えることです。

困ったときにさりげなくスマートに助けてくれるような方もいれば、通訳の揚げ足を取ってここぞとばかり怒鳴りつけて日ごろのストレスを解消する方もいたりして・・・。おかげで通訳の人間性まで否応なく鍛えられたりします。

だけど、時にはこの状況ゆえにうれしいこともあるのです。あんまりにも元の英語がひどいのを、頑張ってきれいな日本語に仕上げたとき。バイリンガルなお客さまだけに、元の英語のひどさがわかっているので、通訳の頑張りもわかっていただけるのです

「通訳の方が、よっぽどまとまっていてわかりやすかった」

そんなお褒めの言葉をいただいたりもするのでした。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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