TRANSLATION

Vol.53 信頼される翻訳者の秘訣③

ハイキャリア編集部

翻訳者インタビュー

【プロフィール】
武居ちひろ Chihiro Takei
数々のクライアントから指名を受け、テンナインも絶大な信頼を寄せる英日翻訳者の武居さん。実はテンナインで社内チェッカーとしてキャリアをスタートさせました。「この人に翻訳をお願いしたい!」と思わせる売れっ子翻訳者の秘訣は何なのか。今回の翻訳者インタビューは、翻訳部ディレクター・松本が、旧知の仲の武居さんにフランクな雰囲気でお話を聞いてきました。

【インタビュー記事 Part 3】(Part1はこちら)(Part2はこちら)
松本:ここからは「優れた翻訳」「読みやすい日本語訳」についてお聞きします。テンナインで定義している「優れた翻訳」は「原文の業界関係者が読んで違和感がないことはもちろん、依頼元の企業様の品位を落とさぬよう、それなりの格調を備えた文章、さらに言えば不特定多数の人が読んで理解できる(二度読みさせない)分かりやすい文章」となります。誤訳、訳抜けなく訳すことができる人は多いけれど、ある意味では原文以上の品質で、最初から日本語で書かれていたかのように感じる日本語訳に仕上げることができる人は本当に限られています。武居さんの翻訳は本当にお上手です。何かコツはあるのでしょうか?

武居:難しいですよね。私が実践しているのは、原文から一度離れて、日本語を冷静に見つめることです。英語を読んで日本語にする段階では、頭のなかに両方の言語が存在して、勝手に自分でわかっている気になってしまうことがあると思うんですよ。初めて読む人に伝わらなければ翻訳の意味がないので、第三者の視点から冷静に見つめるようにしています。そのとき、日本語の体裁だけを整えようとして原文から離れすぎてしまわずに、いかに原文の意図をそのまま伝えながら日本語の流れを整えるか。これはセンスもあるでしょうけど、ある程度は技術も必要でしょうね。上手な人はセンスだけでやっていないと思います。

松本:それはどうやったら身につきますか? ある翻訳者さんは、量を積むしかないとおっしゃっていたのですが。

武居:それはあると思います。ほかにも、上手な人の翻訳を読んで盗む勉強法は分野を問わず有効だと思います。原文と翻訳をつき合わせて、なぜこの英語がこの日本語になったのか考えてみる。それはチェッカーとして学ばせてもらったことですね。

英日翻訳者なら、日本語をたくさん読むことも大事です。私の母語は日本語ですが、英語しか読んでいないと日本語力が衰えてくる気がします。美しい日本語に常にふれるよう心掛けています。

松本:おすすめはありますか?

武居:なんでもいいと思いますよ。文芸作品を読むと、美しい表現にはっとすることが多いですね。楽しく読んでいるだけでも、知らず知らずのうちに蓄積していけるものがあると思います。

松本:好きな作家さんはいらっしゃいますか?

武居:林芙美子ですね。『放浪記』が大好きなんです。それから宮沢賢治。

松本:翻訳の「魅力・面白いところ」と、「難しい・嫌なところ」は何でしょうか?

武居:翻訳の一番の喜びは伝えられることです。私があいだに入ることで、もともと外国語で書かれていたものをほかの言語の話者に届けることができる。こんな喜びはありません。一方で、自分の力不足を感じてつらいときもあります。スキルが足りないとか表現力が足りないとか、自分のせいで原文のよさをじゅうぶんに生かせない事態は避けたいですから。きちんと伝えられるように試行錯誤するのは苦しみでもあり楽しみでもあります。「届けたい」という気持ちがあるから、結局は喜びや楽しさのほうが勝りますね。

松本:キャリアでの失敗談はありますか? そこからどのような学びを得ましたか?

武居:読者がだれなのかきちんと配慮できなかったことがあります。誰が何のために必要としているのかをきちんと理解しないまま翻訳して、なんだかずれたトーンになってしまった。情報がもらえなければ仕方ない場合もありますが、自分の翻訳が何に使われるのか、誰に読まれるのかを意識するのはとても大事です。社内翻訳者として学んだのは、依頼者と十分なコミュニケーションをとることですね。

松本:経験の少ない分野の翻訳を引き受けて、大変な思いをしたことはありますか?

武居:仕事を引き受ける前に冷静に考えるようにしています。新しい分野に挑戦して成長することも大事ですが、どこまで背伸びしていいかという線引きも必要だと思います。適度に背伸びして、できることを最大限やる。でも、お金をいただいている以上、ぼろぼろになるような無理はしません。自分以外にも翻訳者はおおぜいいますから、基本的にはそれぞれが得意なものをやればいいと思うんです。フリーランスになってから日英翻訳をやってくれないかと聞かれることがありますが、いまは引き受けないことにしています。どうしてもと言われてできないわけではありませんが、私がベストの力を出せるのは日本語であって、同じクオリティーを英語では提供できないと感じるからです。英訳が得意な翻訳者さんが他にいらっしゃるから、私が無理してやらなくてもいいだろうと。そのかわり、自分のいいところを伸ばすことに集中しています。

松本:今後のキャリアプランは?

武居:小説の翻訳と実務翻訳をうまく両立していけたらいいですね。昔から本の虫だったので、自分の訳した本を日本の読者に届けられたら最高です。
実務翻訳も面白くて、文芸翻訳とはまた違う喜びがあります。コーディネーターさんとチェッカーさんとのやり取りも楽しいですし、お客さんの期待にいかに応えられるか、日々真剣勝負です。本は世の中に出ると幅広い人に読まれますが、実務翻訳はターゲットが絞られていて、読者層がはっきりわかるのが面白い。どちらにしても、読んだ人が喜んでくれる翻訳を続けていきたいです。

松本:最後になりますが、大きなテーマの質問があります(笑) 「機械翻訳」についてはどうお考えですか? あえてボヤっとした聞き方をしますが……。

武居:難しい質問ですね(笑) 立場的に「絶対反対」と言いたいところですが、そうとも言い切れないかもしれません。適切に使う必要があるということだと思います。なんでもかんでも機械翻訳にかけて、ポストエディットが大変なことになったというケースもありますよね。今までの品質が機械翻訳の導入によって保てなくなったという声も聞きます。
機械翻訳の長所と使い道を理解して、人間の目が届くやり方で活用するべきなのかなと思います。同時に、人間だからこそできる翻訳の価値も見直されてくるはずです。機械があるから人間の翻訳者はいらないということではなく、差別化が図れればいいと思います。
私はやはり日本語のクオリティーで勝負したいので、機械には負けていられませんね(笑) 原文を書いた人の意図や気持ち、読者層や用途など、文面にない背景の部分まで気を配れるのが人間の強みです。結局は、翻訳も通訳も人と人との関係のなかで生まれるものなので、そこで力を発揮していきたいと思います。

松本:実は、僕が翻訳部のディレクターになってから一気に機械翻訳の導入を進めたんですよ。その方針を変えるつもりはありません。なぜなら売上が上がっているからです。機械翻訳とポストエディットの登場によって、以前までは失注していた短納期で大ボリュームの翻訳案件が受注できるようになった。武居さんもおっしゃられた「クライアントが求めるもの」に柔軟に対応してきた結果だと思います。

ただ、僕の考え方は武居さんと完全に同じです。機械翻訳を使えるところでは使いたいですし、使えないところでは絶対に使わない。翻訳がどんどん二極化していくことは目に見えています。だからこそ、テンナインの登録者様向けの「ポストエディット勉強会」を開催してスキルアップの場を提供しつつ、「金融・経済記事翻訳勉強会」やこういったインタビュー記事を通して「人間にしかできない翻訳」についても情報を広めています。このような取り組みを通じて、テンナイン全体で力をつけていくつもりです。

武居さんには今後ともお力添え頂きたく思います。

武居:頑張ります! テンナインはエージェントとしてひと味違いますよね。常に人と人との繋がりを感じます。

松本:ありがとうございます。これからもどうぞよろしくお願いいたします。最後に、翻訳者を目指していらっしゃる方々にメッセージをお願いします!

武居:「自分にできない」と思いこまないでください。翻訳が好きだ、翻訳がやりたいと言っていたのに、自分には無理だからと挑戦もせずに脱落してしまった人たちを見てきました。もったいないと思います。自分で自分を低く評価する必要は全然ありません。とりあえずやってみて、それから考えればいい。最初の一歩を踏み出す勇気を持ってほしいと思います。

松本:我々も経験優先ではなく、「翻訳が大好きです!」という熱意のある方のご応募をお待ちしています!

武居:テンナインが拾ってくれますよ(笑) 埋もれてしまうかもしれなかった才能を見つけて育ててくれる人たちがいるなんて、本当に素晴らしいことですよね。

松本:武居さん、ありがとうございました。

武居:ありがとうございました。


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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
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