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第55回 読者インタビュー~岸山きあらさん 前編

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回の連載では、この連載の読者で、この春に下訳で出版翻訳家デビューすることになった岸山きあらさんからお話を伺います。翻訳学校のことや、デビューのきっかけについて、詳しく伺いました。

寺田:本日はよろしくお願いします。まずは、岸山さんが出版翻訳家になりたいと思ったきっかけについて教えてください。

岸山(以下敬称略):意識し始めたのは大学3年の就職活動の時期でした。子どもの頃から本を読むのと文章を書くのが好きでしたし、中学生の頃からは外国への憧れも持つようになりました。日本語と外国語で表現に関わる仕事として出版翻訳なんていいなと思ったのですが、「英文科も出ていないし留学もしていない自分なんかにできるわけがない」とその時は思ってしまったんです。ただ、出版翻訳は無理でも産業翻訳ならできるのではと考え、需要のありそうなIT関係の企業に就職しました。転職もしましたが、いずれもIT関係だったのは、産業翻訳の勉強になると思ったからなんです。だけど会社員時代は仕事で精一杯でなかなか勉強ができず、結局勉強を始めたのは、結婚して会社を辞めて、主人の転勤のためイギリスに渡ってからでした。

寺田:どんな勉強をされたんですか。

岸山:通信講座で、複数言語で並行してビジネス翻訳を学びました。英語とフランス語、ドイツ語とイタリア語を同時進行で学ぶものです。

寺田:かえって混乱してしまいそうですが。

岸山:混乱しました(笑)。毎週課題があり、エッセー から取扱説明書、契約書まで色々な文章を訳すのですが、私は課題はやっても復習をあまりしないタイプで、通信というやり方自体が向いていなかったと思います。ただ、趣味で楽器演奏やクラシックバレエをやっていることもあり、ヨーロッパ系の言語に憧れがあったので、複数言語の勉強自体は知的好奇心も満たされて、とても楽しかった です。でも講座終了後、やっぱり自分は産業翻訳には興味がないと気づいてしまったんですね。本当は出版翻訳がやりたいんだと気づいたんです。それが3年か4年ほど前のことでしょうか。

寺田:出版翻訳家になりたいんだと気づいてから、まずどのようなことを始めましたか。

岸山:すぐに何か行動を起こしたわけではなかったんです。頭の片隅にはあったものの、帰国してからはバレエや音楽の趣味で忙しくしていました。あるとき、バレエを一緒にやっている友人と、たまたま仕事の話になり、彼女が産業翻訳の仕事をしていることがわかったんです。自分も実は出版翻訳をやりたいんだという話をしたところ、彼女がすごく面倒見がいい方で翻訳学校の情報を親身に調べてくれて、「ここがいいらしいよ」などと教えてくれたんです。せっかくだからと教えてもらった翻訳学校に通い始め、基礎コースから勉強しました。基礎とはいえ内容は難しく、誤訳もたくさんしましたね。半年で1タームなのですが、3ターム通い、中級までいきました。途中からフランス語の翻訳学校にも通い始め、その先生がすごくきめ細かく教えてくださる先生だったのと、内容が英語にも応用できると思ったことから、いまは英語の学校はお休みしてフランス語のほうに毎週通っています。

寺田:フランス語は元々できたんですか。

岸山:最初の会社に3年間勤めてから、フランスに10か月間留学していたんです。大学時代の第二外国語もフランス語でしたが、実質的に勉強したのは留学の時期です。

寺田:そうだったんですね。フランス語の翻訳学校はどんなところなんですか。

岸山:翻訳家の先生が個人でされているもので、少人数で授業をしていただいています。塾のような感じで、週1で通っています。厳しくはないのですが、私の訳文の欠点やこうしたらよくなるというアドバイスをはっきり論理的に説明していただけるのでありがたいですね。

寺田:翻訳学校に通うべきかどうか、読者の中には迷われている方もいらっしゃるかと思います。翻訳学校に通ってよかったことや、学校だけでは補えないこと、学校の有効な活用法について教えてください。

岸山:先生という、定点観測をしてくれる存在があるのはよかったと思います。自分の良いところも悪いところも指摘してくれるので、良いところは伸ばして、悪いところは直していくことができますし、直り具合も見てもらえます。勉強のペースや方向性をつかみやすいと思います。食事会など、先生からお話を伺う機会もありますし。翻訳の勉強は独学でできる方もいらっしゃると思いますが、私の場合は教え方のうまい先生に習うのが一番自分に合っていて、上達も早い方法だと思っています。

ただし、この連載にあるような、どうしたら仕事を取れるのかとか、持ち込みの仕方や持ち込みをする際のポイントについては、授業で教えて もらうといった類の情報ではありません。自分から教えを請えば、教えていただけるのかもしれませんが。

私はいつか下訳のお声がかかるのを待っているだけというよりは、訳したい本もあるし自分でどんどんやっていきたいタイプなので、そういう意味では仕事を始めたいならただ待っているだけではだめで、自分からつかみに行かないといけないのかなと思いました。

学校は技術を頑張って習得するところと位置付けて、先生からできるだけ多くを吸収したら、どんどんトライアルを受けるなり持ち込みをするなり並行して行ったほうがいいのではと思います。実力があれば、先生によっては下訳のお声を掛けてくださるかもしれませんが、不確実ですし、学校に通うこと自体が目的になるのは避けた方がいいと感じます。

一生勉強のような仕事なので、そういう意味では定期的に通うところがあるのはいいのかもしれませんが、私も学校に通い始めて数年なのでまだよくわかりません 。

寺田:トライアルを受けて合格され、出版翻訳家デビューにつながったんですよね。トライアルを受けようと思ったきっかけは何だったんですか。

岸山:英語の翻訳学校の先生が、「トランネットという会社は会員向け出版翻訳オーディションをよく開催しているから会員になって応募してみたら?」と教えてくださったんです。先生も元々そのオーディションを受けて最初の翻訳書を出し、それが実績になったということで勧めてくれました。ちなみにその先生には「機会があったら私に下訳させてください」と申し出ましたが断られました(笑)。先生によって下訳を頼む方と頼まずに自分でやる方がいらっしゃるんですが、その先生は自分でやる方だったんですね 。

寺田:そういうオーディションの情報は学校では案内しないのでしょうか。

岸山:以前通っていた学校では、産業翻訳の場合は学校が運営しているウェブサイトなどを通じて提携先の企業から何らかの募集があるようですが、出版翻訳に関しては合格すると即出版につながるようなオーディションはなかったように記憶しています。

寺田:オーディションは頻繁にあるんですか。

岸山:トランネットのオーディションの頻度はまちまちですね。内容もそれぞれ違います。私は3回受けたのですが、最初は実用書、2回目は小説でした。いずれも落ちてしまったのですが、3回目は占星術がテーマで、以前に勉強していたことがあって内容が把握できたおかげで、合格することができました。引き出しを多く持っておくことの大切さを感じました。応募者数は受けた人にしか知らされないので公にはできないのですが、その中から通常は1人だけ、私の合格した回では3人が合格したので、狭き門ではあるようです。すでに訳書を出されている方も応募されているようにお見受けします。 今回は占星術というニッチな分野でたまたま知識があったのでラッキーでした。

 

※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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