INTERPRETATION

第415回 お一人様

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

一人っ子だったからでしょう。子どもの頃から一人遊びが好きでした。大学入学直後には人生初の一人旅を実行。行先は静岡県の山間部にある寸又峡温泉です。ローカル線や蒸気機関車に乗りたくて、自分で時刻表(まだネットの無い時代)と地図をにらめっこしながら出かけました。

受験から解放され、親の干渉もなく「やった~~、これぞホントの一人旅!!」とウキウキ気分でいたのですが、宿に到着するや困惑した女将さんが。どうやら「何か早まったことをしでかすのではないか?」と勘繰られてしまったようです。やたらと「大丈夫ですか?」「何かあればいつでもお声がけくださいね」と必要以上に(?)言われる羽目に。片やこちらは人生初単独飛行でルンルンでしたので、何ともミスマッチな空気が漂っていました。

大卒後は民間企業に就職するも、ラッシュの電車と会社内の付き合い、そして毎日同じことをする作業が苦痛になり留学を決意。お金がないので留学に近い職種をと大学事務所に転職。こちらは英国人上司ひとりだけの小所帯でしたので、気楽でした。そのころから一人旅癖はエスカレートし、有給休暇をめいっぱいとっては大好きなイギリスへ。大学事務所の方は四方八方手を尽くしてアルバイト学生を探し出し、旅行中にお願いしました。おかげで旅を満喫できました。

大学院生活を終えて帰国後、ますます満員電車が体質的にダメとなり、様々な偶然も重なりフリーランス通訳者へ。そして現在に至っています。

先日のイギリス・オランダ旅行も、家族を置いての一人旅です。家族旅行ももちろん好きですが、学期中ですので子どもたちを休ませるわけにもいかず。夫はすでに大学の授業が始まっていましたので、それならばと大手を振って一人で行かせてもらいました(家族には感謝です、もちろん)。

今回の旅を通じ、英国人・オランダ人の良い意味での個人主義(でも責任は自分が担う)を目の当たりにし、私もお一人様主義をこれからは正々堂々と進めていこうと気持ちを新たにしました。今までも自分なりにそういうペースは出してきたのですが、それでも心のどこかで後ろめたさを感じていたのです。「人と異なる意見を言うと嫌われるのではないか?(今さらこの歳になっても気にするものです)」「周りがこういう風にしているから、一人だけ違うことをしたら目立つのではないか?(←できれば同じ色に染まっていた方が無難)」など、これまでの私は「違和感を抱きつつも周りに必死になって同調すること」を選んでいたように思います。

けれども、つくづく思うのです。人生は一度きりなのだ、と。近年、知人や馴染みのある芸術家・著名人が一人また一人と鬼籍に入っています。ならば、自分は自分、堂々と生きて良いと思うのです。

とは言え、今まで染みついた価値観がわずか10日間の欧州旅行で劇的変化を遂げるわけではありません。それでも少しずつ勇気を持って「自分らしさを出す訓練」を今はしています。そのスターティングポイントとして、先日はタイのラジオ番組(不定期でゲストレポーターをしています)で人生初の「OA本番での歌披露」をしました!私は人前で歌うことがとにかく苦手で、これまで家族以外の前で歌ったことなどありません。でも一旦その気になってしまえば、一つバリアが下がるのですよね。

歌って良かった!

(2019年10月8日)

【今週の一冊】

“Florence Nightingale Museum guide book” Kirsteen Nixon他著、2010年

9月のロンドン旅行で行きたかった場所の一つが「ナイチンゲール博物館」でした。そのきっかけとなったのは7月末の宮崎旅行。同県出身の医師・高木兼寛(たかきかねひろ)は19世紀末にロンドンのセント・トーマス病院医学校に留学しました。そこで見聞したのがナイチンゲール看護婦学校だったそうです。献身的に患者に尽くす姿に感銘を受け、帰国後はその思想を広めるべく尽力したのが高木医師でした。ロンドンでの足跡をたどるべく、私は同病院と博物館に足を運んだのでした。

イギリスの他の博物館とは異なり、ナイチンゲール博物館は独立採算制で運営しています。政府からの資金援助は受けていないとのことで、訪問日には資金を呼びかける動画の撮影が行われていました。薄暗い展示室の隣から「ナイチンゲールの思想をぜひとも後世に伝えるべく、皆様のご寄付をお待ちしております」といった内容の英語が聞こえてきました。

こぢんまりとした博物館で、私はボランティア・ツアーに参加しました。参加者は私一人でしたが、ナイチンゲールの人となりを知ることができ、有意義な時を過ごせました。

お嬢様として生まれ育ち、看護師を志すも家族の猛反対にあったナイチンゲール。半ば自宅軟禁状態となり、医学の勉強を許されなかった彼女は鬱になったそうです。とうとう医師が「唯一の治療法は、彼女を看護師にさせることだ」と述べた、とガイドさんは説明してくれました。

本書は手のひらサイズのガイドブックで、ナイチンゲールの生涯がカラー仕立てで紹介されています。巻末には参考文献も充実していますので、本書をきっかけに理解を深めることもできるでしょう。

来年はナイチンゲール生誕100周年。ぜひともお勧めしたい博物館です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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