INTERPRETATION

第451回 「シチリアーノ」

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

どうもこれまでの私の人生を振り返ってみると、私にはたくさんの偶然があったと感じます。タイミングの一致と言っても良いでしょう。

いえ、別にこれは私だけに限ったことではないのかもしれません。誰にとってもそうした偶然は存在するはず。ただ単に私がそうした偶然にものすごく意味を見出そうとしているだけ。そういうタイプ、ということなのかもしれないのですよね。

以前にも自分のブログやコラムなどで書いたのですが、出先でばったり人に会ったり、頭の中で想像していた曲がその直後に付けたラジオから流れて来たり、ということが私には何度もありました。テレパシーがあるわけではないのですが。

数週間前もそんな偶然に出会いました。

たまたまイギリスのラジオClassic FMを夕食中に聴いていたときのこと。とあるメロディが流れてきました。私は洗い物をしていたので、とりたてて意識をしていませんでしたが、子どもが「お母さん、この曲、何だっけ?」と尋ねてきたのです。普段であればあまりクラシックに関心がない子なのに、なぜかその旋律は心に残ったようです。

耳を澄ませたところ、それはフォーレの「シチリアーノ」という曲でした。

このメロディには思い出があります。

大学時代、私はギターアンサンブル部に入っていました。それまで習っていたピアノを18歳でやめて、新たな楽器に挑戦することにしたのです。クラシックギターの場合、右手の爪を少し伸ばして弦をはじきます。よって、ピアノとの両立は不可能となりました。「高校時代までの自分にサヨナラして、自分は大人への仲間入りをするのだ」といった、ちょっとした自分への宣言でもあったのかもしれません。

そのサークルでは毎年夏に合宿があり、メンバーは皆、一曲を合宿最終日に披露することになっていました。ギター・パートの団員は独りで演奏しますが、コントラバス部門の学生はピアノ伴奏もOKというものでした。

そのとき、バス担当の同級生が選んだのが「シチリアーノ」だったのです。私がその伴奏をすることになりました。

合宿初日から、私は自分のギターのお披露目に加えて伴奏の練習も合間を縫って始めました。それまで自分だけのピアノ演奏をしたことはあったのですが、他の楽器の伴奏をするのは生まれて初めてでした。大いに緊張しました。

今でこそ私は通訳の仕事で色々と失敗もしてきたがゆえに、多少のミスをしても自分に寛大になれています。けれども当時20歳前の私は、とにかく完璧主義者でした。ミスタッチをするなどもってのほか、コントラバスのメロディに支障が生じてしまうし、それより何より自分が恥ずかしい、という思いが強烈にあったのです。

そしていよいよ合宿最終日。

自分のギター演奏が終わり、その数人後にいよいよ「シチリアーノ」の番となりました。

結果は、自分にとって納得のいくものではありませんでした。

傍から見れば十分演奏できていたと思います。先輩にも褒めていただきました。途中で止まることもなければ、ひどい弾き間違えをしたわけでもありません。けれども演奏直後の私は、ほんの数か所のミスタッチがなぜか自分自身、許すことができず、大いに落ち込んでしまったのです。周りに気づかれないように密かにお手洗いに逃げ込んで、涙をポロポロ流しました。そしてひとしきり泣いて落ち着いてから、また会場に戻ったのでした。

あれからずいぶん年月が経ちました。これまで何度もこの曲を耳にしています。けれども今回、ラジオから流れてきて、子どもに曲名を尋ねられて初めて、あの若かりし頃のエピソードを思い出したのです。まさに「偶然」でした。

今回、記憶の奥底からかつての思い出が甦って気づいたこと。それは、「何があっても過去には戻れない」ということでした。「今」しかないのである、と。

通訳という仕事も、まさに「今、この瞬間」の真剣勝負です。過去、どれだけ上手に通訳できたとて、あるいはこれからどれほど真剣に勉強して実力向上を図っていこうとしたとて、問われているのは「今」ということになります。

ちなみにフォーレは19世紀から20世紀初頭に生きたフランスの作曲家です。今から100年前の1920年。75歳のフォーレは聴覚をほとんど失い、その4年後に亡くなりました。ヒトラーがナチス党の党首に就任した直後です。世界はこのあたりから第二次世界大戦へと動いていったのです。

「シチリアーノ」の思い出を機に、これから自分はどのように生きていくべきかを改めて考えさせられています。

(2020年7月14日)

【今週の一冊】

「わらういきもの」近藤雄生著、松坂崇久監修、エクスナレッジ、2017年

私が指導している大学と通訳学校は今学期、すべてがオンライン授業となりました。決定当初の私はZOOMの使い方すらわからず、「研修も受けずして突然このソフトを使うと言われても・・・」と途方に暮れていました。けれども、周囲の助けを借りながら何とかかんとか基本機能は使えるようになったのですね。急きょオンラインで教えてくださった事務方のみなさん、練習台になってくれた友人などには本当に感謝しています。

とは言え、じっと画面を見つめながらの授業というのは、受ける方も実施する方もなかなか日常とは異なる分、疲れるものだと思います。私の場合、対面授業であれば、教室内をグルグル歩き回ったり、視線を教室や黒板、窓の外などに向けたりすることで適度に緊張を抜くことができます。けれども画面の場合はひたすら凝視せねばなりません。これは思いのほか、体への負担を生み出しました。久しぶりに整体院へ出かけたところ、「背中に鉄板が入っているよう」と言われたほどです。

というわけで、少しでも緊張感を解きほぐす上で大事なのが「リラックスできる本」。今回ご紹介するのは、まさに癒し系の一冊です。写真に写し出されているのは、いずれもほほえみや笑顔と思しき表情の動物ばかり。ページをめくるだけでホッとできます。

中でも興味深かったのが、「動物も笑う」と唱える専門家が世界にはおられるということ。笑うことができるのは人間だけと私は思っていたのですが、必ずしもそうではないようです。ちなみに私の一番のお気に入りはウーパールーパー。ずいぶん前にテレビのCMで有名になりました。愛くるしい表情のウーパールーパーですが、手足を食べられてもまた生えてくるのだとか。なかなか逞しい生き物です。

Written by

記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

END