INTERPRETATION

第464回 やらないことを決める

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

秋学期が始まり、しかもこの秋は大統領選挙がアメリカであることから、何やら急に慌ただしくなってきました。コロナの収束はまだまだ見えませんが、世界も日本も私たちの身の回りの世の中も、こうして動いているのですよね。気が付けば書店に来年のカレンダーが並び始めています。

ここ数か月間、コロナが続く中、私は色々と自分の生き方や習慣を見直してきました。中でも取り入れたのが、
「やることとやらないことを決める」
というものでした。

小さいころから目標を作り、それに向けての計画を考えて日々の行動に落とし込むことが好きな私にとって、「タスクを決める→実行する」ということは自分の中でも大きな部分を占めていました。
ある意味、これを通じて「自己確認」「自己肯定感」を高めようとしていたのかもしれません。
けれども、これも程度問題だと感じています。なぜなら、がんばってタスクを増やせば増やすほど、自分に結局しわ寄せが来てしまうからです。

仕事が立て込み、「ちょっと体力的に辛いかも」というときでも、「いやいや、私さえがんばれば何とかなるのだし」と考え、「しんどさ」を否定していたのですね。
自分が年齢を重ねていっているにも関わらず、です。
「大変だなあ、体力消耗するなあ」と頭の片隅で常に感じつつも、その思いを打ち消し、その分、即座に行動をとることで、たくさんのタスクを完了させようとしていたのです。

若いころであれば、こうしたあり方も通用したでしょう。でも、いつもこれでうまくいくわけではないのですよね。特に通訳という仕事は「代えのきかない業務」です。一旦依頼をお受けしたら、体調管理も仕事のうちなのです。
そこで、今は色々なことを少しずつやめています。

たとえばこのような感じ:
*毎日つけていた日記をやめた(→書きたいときだけにする)
*食器拭きをやめた(→食器乾燥機を買った)
*ガスでお湯を沸かすのをやめた(→電気ポットを買った)
*洗濯物干しをやめた(→乾燥機不可以外のものはすべて乾燥機へ)
*毎週末にしていた掃除をやめた(→汚れが目立った時にする)

このような感じです。たとえば電気ポットに関しては、今まで「やかんをガスコンロにかける→中座する→ピーピーケトルが鳴ったら台所へ戻る→保温ポットに入れ替える」という流れがありました。これ自体にかかる時間はそれほどありません。でも電気ポットを買ったおかげで火の心配をせずに済み、さらに沸騰→保温までできるようになったのですね。

一方、掃除に関しては、今まで「週末に一気に」おこなっていました。でも、これもよーく考えてみると「汚れていないのに掃除しているのかも」と思えなくもないのです。幸い今学期も大学授業はリモートになりましたので、在宅勤務です。「ちょっと汚れてきたかな?」と気づいた段階で掃除をすれば良いのでは、と思っています。

先日読んだ本に、「80・20の法則」が出ていました。イタリアの経済学者パレートの打ち出した考えです。これを時間管理に応用したのがリチャード・コッチとマルク・マンシーニでした。「20%の時間に努力をすることで、期待する80%の結果が得られる」というものです。

私はこれを「完璧に仕上げることをめざすよりも、2割ぐらいの力を注ぐだけで8割の満足感が得られる」と解釈しました。よって、掃除に関してもピカピカを目的とするのでなく、とりあえず自分の許容範囲のきれいさでOKとする、そうするだけでも8割の達成感になると考えています。

やらないことを決める。
完璧を手放す。

誰にとっても一日は24時間。しかも自分の寿命も自分では決められませんよね。これからも試行錯誤しながら日々を有効に使いたいと思っています。

(2020年10月20日)

【今週の一冊】

「ハーバードの人生を変える授業」タル・ベン・シャハー著、成瀬まゆみ訳、だいわ文庫、2015年

先週の本コーナーでご紹介した成瀬まゆみさんが翻訳された一冊。一方の著者は、ハーバードで教鞭をとるタル・ベン・シャハー氏。多くの受講生を魅了する授業内容が本書には集約されています。日々、どのようなマインドで生きていけば幸せになれるかがわかります。

中でも印象的だったのが、本日の上記コラムでご紹介したパレートの法則。本来この法則は、経済学で応用されているものですよね。「ある国の総人口のうち20%がその国の富の80%を所有している」(p63)という考え方です。

著者はかつて学生時代、常に完璧をめざしていました。レポート課題が出れば、推薦図書を読破しようとしていたのです。それこそ一字一句までです。でもパレートの法則を通じて完璧主義をやめました。一時的に成績は落ちたものの、その分、趣味や気分転換を人生に取り入れることで多くの時間を手に入れた、と記しています。

本書は全部で52項目、つまり1年間を通じてトレーニングを積み重ねられるようなフォーマットになっています。一日一項目では大変ですが、「今週は『お金を理解する』」「来週は『天職を見つける』」という具合で7日間意識をすることで、自分を変えていくことができます。

アメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンも少しずつ自らの意識を変えることで、自分を律していきました。本書はその現代版とも言えるでしょう。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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