INTERPRETATION

第510回 助言のとらえ方

柴原早苗

通訳者のひよこたちへ

人生における夢や目標が見つかった瞬間というのは本当に幸せですよね。これまで私が敬愛する方々は、その著作の中で「自分の使命」を感じた瞬間について記しておられます。

特に私が感銘を受けるのは、「苦しい時期を経て、使命に気づかされた瞬間」の描写です。これまで読んだ本の著者の何名かが、以下のように説明しているのです:

「苦しい時期が続き、ひたすらもがいていた。そこから抜け出すのは至難の業と思われた。しかしあるとき、ふと空を見上げた際、自分の視界の斜め前から強烈な光が差し込んできた」

このような説明です。

一見、非現実的に思えますよね。宗教的な感覚すら覚えます。けれどもこのような状態を体験されたのは、一人や二人ではありません。私が敬愛する精神科医の神谷美恵子先生や慈善活動家の佐藤初女先生を始めとした方々が、苦しみの中、そうした光を感じ取り、自分の歩むべき道へのゴーサインとしてとらえた、と著作に書いておられるのです。

しかし、いざ自分の生きる道が見つかり、歩み始めたとて、順風満帆とは限らなかったようです。思うように進めなかったり、あるいは想定外のところから横やりが入ったりすることもあったそうです。

私の場合、上記のような神秘的な体験をしたことはまだありません。けれども、何かに着手しようと決意した際に、出鼻をくじかれてしまうような経験はしています。

中でも打撃として大きいのは、
「身近な人の助言」
です。

自分に近いからこそ、そうした人たちはストレートにアドバイスを口にしてくれるのですよね。それは悪気ではなく、本人のためを思ってという善意から来るのでしょう。

もし私自身が相手を心から信頼し、そうした辛辣な意見を言われても、決して向こうが裏切らないとわかっていれば、たとえ反発心が生じても相手の気持ちは受け止められると思います。

一方、注意せねばならないのは、「一見物腰柔らかく、言葉も穏やかで笑顔を見せながらも助言をしてくる人」です。ひと言で言うならば、
「偽善者」
の存在です。

世の中には「誰もが認める『良い人』」がいます。性格も優しく、怒るところを見せず、社会的地位もあるようなタイプです。けれども、実は心の中で相当の闇を抱えており、それを「良い人」を演じることで抑えていることがあるのです。

なぜこのような話をしているかと言いますと、そうしたケースに巻き込まれたことが私自身あるからなのです。

具体的な内容は省きますが、そのような経験に遭遇した時の私は、「一体なぜ?」という疑問がぬぐえませんでした。相手が善人であるからこそ、「悪いのはむしろ私だ」と思えてしまい、自分を責め、自分が耐え、自分さえ犠牲になればこれを切り抜けられると思ったのです。

けれども、このようなことを続けていたら心は疲弊します。そうした状態が私の場合、長年続きました。そして私はカウンセリングや心療内科のお世話になり、薬のおかげでそうした辛い状況から離れることを決意していったのです。

本コラムをお読みのみなさまの中には、「通訳者・翻訳者になりたい」という大きな夢を抱いておられる方が多いと思います。安定した仕事をあえて捨てて、フリーランスという大海へこぎ出そうとしている方もおられることでしょう。

その歩みを続けている中、思いがけない所から誰かが「善意」という仮面を付けつつ何かを言ってくるかもしれません。一見、もっとものような意見を耳にするかもしれません。それによって自分の気持ちが、夢への決意が、揺らぐかもしれません。

けれども、どうかそうした表面的なだけの善意に惑わされないでほしいのです。

みなさんの人生はみなさんのものです。心地よい言葉を浴びせてくるような偽善に振り回されては、のちに後悔してしまいます。

ですので、自分の心を、熱意をどうか大切にしてくださいね。

(2021年10月5日)

【今週の一冊】

「しごと場見学!」消防署・警察署で働く人たち」山下久猛著、ぺりかん社、2011年

先日、在宅ワークをしていた際、窓の外から消防車の音が聞こえてきました。消防車や救急車、パトカーなどは音やその車両で認識ができるものの、そこで働く人たちについては知っているようで意外と知らないのですよね。そこで手に取ったのが今回ご紹介する一冊です。ぺりかん社は就職関連のシリーズを多く出しており、若者向け「なるにはブックス」がベストセラーとなっています。

中でも印象的だったのが、白バイ隊員さんのインタビュー。見られる職業なので「端正で清潔に」をモットーに身だしなみに気を遣っている、という記述に「なるほど」と思いました。また、白バイの大きな目的は交通事故減少の取り締まりであるため、丁寧なことばづかいを心がけているとのこと。そのため、「NHKの教養番組のアナウンサーの話し方」を参考にしている、というのは意外でした。通訳業に携わる私もNHKのアナウンスは大いに参考になるからです。

消防署や警察署の中には様々な職種があることも、本書からわかりました。社会を支えて下さる方々のおかげで、私たちは安心を享受できているのですよね。そのことを改めて感じた一冊でした。イラストも豊富で、幅広い年齢層が読める書籍です。

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記事を書いた人

柴原早苗

放送通訳者。獨協大学およびアイ・エス・エス・インスティテュート講師。
上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。英国BBCワールド勤務を経て現在は国際会議同時通訳およびCNNや民放各局で放送通訳業に従事。2020年米大統領選では大統領・副大統領討論会、バイデン/ハリス氏勝利宣言の同時通訳を務めた。NHK「ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説担当を経て、現在は法人研修や各種コラムも執筆中。

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