TRANSLATION

第36回 出版翻訳家インタビュー~笹根由恵さん 前編

寺田真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回の連載では、出版翻訳家の笹根由恵さんからお話を伺います。笹根さんは日本にシンプルライフブームを巻き起こした『ゆたかな人生が始まるシンプルリスト』シンプルに暮らす』の翻訳のほか、リヨン市長やクリスチャン・ディオールCEOのVIP通訳も務めるなど、フランス語の翻訳家・通訳・通訳案内士としてご活躍です。

「あれ? ハイキャリアは“英語で仕事をする人の応援サイト”では?」と思うかもしれませんが、実は、「あなたを出版翻訳家にする7つの魔法」は言語を問わず通用する方法なのです。そしてまさにこの連載でお伝えしてきたような方法で夢を叶えた笹根さんのお話には、具体的な考え方と行動のヒントがたくさん詰まっています!

寺田:本日はよろしくお願いいたします。まずは、最初の翻訳書となった『ゆたかな人生が始まるシンプルリスト』の原書との出逢いについて教えてください。

笹根(以下敬称略):リヨンの書店で出逢いました。以前からフランスに行くたびに書店を回って本を探しては買い込んでいたのですが、その時はドミニック・ローホーさんの『ゆたかな人生が始まるシンプルリスト』『シンプルに生きる』の原書2冊が並んで平積みになっていて目に留まりました。シンプルライフに関するものや自己啓発書がもともと好きで、日本でも書店でその棚にある本はほとんど読破していたんです。自分の好きなジャンルのものがあると思って手に取り、ざっと見たところ、中身もよさそうだったので2冊とも買って帰りました。

寺田:その時点では翻訳しようと思って買ったわけではないのですよね。

笹根:はい。翻訳するつもりはなく、好きなジャンルの本をフランス語の原書でも読めたらいいなという思いでした。当時もフランス語の通訳や翻訳をフリーランスでしていましたが、書籍の翻訳経験はありませんでした。絵本の翻訳はいずれやってみたいと憧れていたものの、出版翻訳家になりたいとは思っていなかったのです。

寺田:それがなぜ翻訳することになったのでしょう?

笹根:個人的にもリストをたくさん作っていたことがあり、『ゆたかな人生が始まるシンプルリスト』の原書を先に読みました。とても気に入って友人や知人に紹介したいと思い、翻訳書が出ていないか探してみたのですが、出ていなかったのです。出ていないなら自分が翻訳したいと思いました。このジャンルの本なら誰よりも読んでいるほどでしたし、原書も生き方がつまっていて心を動かされました。それに、著者もきっと素敵な方に違いないと思ったのです。

寺田:原著者のドミニック・ローホーさんにコンタクトをとることをどのように思いついたのですか。

笹根:訳したいと思ったものの出版翻訳の道筋がわからなかったので、著者にコンタクトをとって、著者から訳してもいいと言ってもらえることがいちばん大事なのではと考えました。通訳翻訳関連の情報誌は一通り目を通していましたが、翻訳学校に通う以外のルートがなく、こういう場合にどうすればいいかの情報はなかったのです。

寺田:実際にどのようにしてドミニクさんにコンタクトをとったのですか。

笹根:ドミニックさんはプライバシーをとても大切にされる方で、サイトもありませんし、連絡先も公開されていませんでした。出版社に連絡を取ることも思いつかなかったので、インターネットで日本語、フランス語で思いつく限りの検索をして情報収集をしました。その中で「ここに行くとドミニックさんにつながる人に会えるかも」という情報を見つけ、翌日早速出向いたのです。そこでその方に声をかけて、名刺を渡しました。原書にとても心惹かれたので翻訳したい旨とドミニックさんに連絡を取りたいことをお伝えして、その日はそこで帰りました。すると、その翌日たまたまドミニックさんからその方に連絡があったのです。そこで「昨日こういう人が来て……」という話になり、ドミニックさんから直接私に電話がかかってきました。電話でお話しする中で、「あなたはいい人そうだから訳してもいいわよ」と言ってくださり、ちょうど日本にいらしたので、「ぜひ会いましょう」ということになりました。そして翌日早速お会いしたところとても気が合い、「ぜひ訳してほしい」と言ってくださったのです。

寺田:行動を起こしたことで、とんとん拍子に進んだのですね。

笹根:原書の中にドミニックさんのお考えがすべて詰まっていて、その世界観に惹かれて翻訳したいという気になったので、やはりご本人とも通じるものがあったのかと思います。ただ、ドミニックさんとは個人的に信頼関係ができたものの、私がどの程度翻訳ができるかはご存知なかったので、一部を訳してドミニックさんの知人で日本語の分かる方に読んでいただきました。

寺田:翻訳を進める一方で日本での出版社を探し始めたのでしょうか。

笹根:出版するあてがないまま訳し始めましたが、訳しながら企画書をつくった方がよいのではと思ってつくり始めました。つくり方を知らなかったので自分なりに必要と思われる情報を盛り込み、それに試訳をつけました。出版社に持ち込むことは思いつかなかったのですが、ちょうどその頃に東京国際ブックフェアが開催されたのです。そこで、本書のジャンルと合いそうな日本の出版社のブースの方々に企画書をお渡ししました。ところが「こういうジャンルは英語からの翻訳書しか取り扱わない」とことごとく言われてしまったのです。英語のものしかないからこそフランスの翻訳書もあるとよいのではないかと反論したのですが、「フランスのものはいらない。読者はアメリカしか見ていないし、アメリカのものしか求めていない」と言われてしまいました。

寺田:その後フランスがブームになるとは誰も思っていなかったのですね。

笹根:はい。企画書を預かって保留にしてくれたところもありましたが、結局どこからも連絡は来ませんでした。ドミニックさんの本は当時フランスで30万部を超えるベストセラーになっていたものの、まだ日本での翻訳書は出ておらず、日本での知名度はゼロでした。私も書籍翻訳の実績がゼロだったこともあり、断られてしまったのです。

寺田:ドミニックさんとはすんなりつながったのに、そこで行き詰まってしまったのですね。でもそれであきらめることはなかったのですよね。

笹根:断られてから、どうしていいかわからなかったので、地道にできることをやっていきました。とにかくできることをしようと思い、企画書も何部か用意して何か機会があればいつでも渡せるようにしておきました。ブックフェアではそんなふうに全滅でしたが、もともと古典が好きだったこともあり、原書で枕草子が引用されていたこともあって、清川妙先生の講座に通うことにしました。以前から清川妙先生が大好きで、お会いしたいと思っていたんです。また「マリコがゆく」を読んでいましたし、通訳ガイド試験関連の情報で真理子さんのことを知っていました。

寺田:そう考えるとハイキャリアがつないでくれたご縁でもありますね。

笹根:そうですね。それに、真理子さんのブログにも清川妙先生のことが書いてあったので、もしかしたら講座でお会いできるかもという思いもありました。

寺田:講座で声をかけてくださったのですよね。

笹根:自分から声をかけたりするのは得意ではないのですが、その時は思い切ってかけてみました。

寺田:講座終了後にお食事をご一緒してお話を伺い、「それなら企画書を用意したほうがいいですよ」とお伝えしたんですよね。そうしたら由恵さんが「持っています」と言ってすぐに取り出してくれて……。その時、「この方は絶対に翻訳書を出版する!」と確信しました。その後、パーティーで編集者さんと出逢ったんでしたよね。

笹根:真理子さんのカミナリパーティー(落雷火災1周年を記念して開催したパーティー)で同席した著者さんたちが揃ってご参加予定のパーティーがあったので、私も申し込んだんです。そのパーティーの会場で、真理子さんに作家の佐藤伝さんを紹介していただきました。翻訳書を出したいというお話をして、企画書があるとお伝えしたら、伝さんが「じゃあ持っておいでよ」と言ってすぐ見てくださり、その場で編集者の方を紹介してくださったんです。それも、以前から私と旧知の間柄であるかのように、親身に紹介してくださって……。

寺田:そうやって応援してくださるのが伝さんらしいですね。

笹根:はい。その編集者さんが企画書をご覧になって、「これはいけるんじゃないか」と出版社を探してくださいました。すぐに講談社に話を持っていってくださり、やり取りもさせていただいていたのですが、もろもろご事情があり、それからしばらく間が空きました。正式決定へ向けて動き出したのは半年ほど経ってからだったのですが、その後講談社で出せることが決まりました。後から聞いたことですが、つつかなかったのがよかったようです。「まだですか? まだですか?」とせかされてしまうことが多いそうなのですが、動かないときは動かないものなので、気長に待っててくれたのがよかったと……。

寺田:あせってつついてしまうと、かえってまとまるものもまとまらなくなってしまうんですよね。待っている間も、翻訳は進めていたのですか?

笹根:とにかくこの本を日本の読者に読んでほしいと思っていたので、翻訳はゴーサインが出る前にも進めていました。出版が決まらなかったときのために他の原書を探すとか、出版が決まらなかったら翻訳料ももらえないから翻訳しないとか、そういう発想は全然なかったんです。

寺田:実際に翻訳をしてみて大変だったことや、事前に勉強しておけばよかったと思ったことはありますか。

笹根:日本語の素晴らしい文章をもっと読んで自分のものにしておけばよかったと思いました。結局、自分の中にあるものしか出せませんから。もっときれいな日本語の本をもっと読んで身につけておけば、もっといい翻訳ができると思いました。これはいまでも思うことではありますが……。ただ、このジャンルの本はとことん読んでいたので、読者の方にとって不自然ではない翻訳にできたのではと思います。

ドミニックさんには、直訳よりも言いたいことのエッセンスがきちんと伝わるように訳してほしいと言われていました。日本人にとって読みやすいように、たとえ話も日本人にとってわかりやすいようにしてもいいとのことでした。原書では願望リストの訪れたいところとしてベトナムのハロン湾が挙がっていたのですが、日本人にとっては当時イメージしづらいように感じました。そこでモンサンミッシェルはどうかと考えたのですが、原書がフランス語だと意識している読者には「モンサンミシェルはすぐに行けるのでは?」と思われるかもしれません。そこで日本とフランスからの距離感などを考えて、マチュピチュと置き換えるなどしています。著者との信頼関係があったおかげで、こういう対応を任せていただけました。

寺田:出版翻訳家としてデビューしたいと思いながらもできない方も多い中、デビューできた理由をご自身ではどのように分析していますか。

笹根:どうしても叶えたい夢のために、いま自分に何ができるかを考え、勇気をもってたくさんの小さな一歩を踏み出したことでしょうか。まわりに本を出している人は1人もいなかったですし、出版社の人もいなかったので本当にどうしていいかわからなかったのです。以前であれば清川妙先生の講座を受講することも敷居が高く、「古典の勉強をしてきたわけでもない自分が受講していいのだろうか」と尻込みしてしまったのでしょうが、「いまこのタイミングで受講しなければきっと一生受講することはない」と思って勇気を出しました。

一途な思いがあったことと、現実を知らなかったのが幸いしたのだと思います。それに、人に恵まれていることにだけは自信がありました。お会いした方々がご縁をつないでくださったのだと思います。翻訳したいと言った時にも、「そんなの無理だよ」と言う人はまわりに誰もいなかったのです。「知り合いに訊いてみる」と伝手を探してくれようとしました。結局そこからつながることはなかったのですが、みなさんが応援してくれたのです。

 

※拙訳書『虹色のコーラス』の読書会を10月6日(日)に開催します。この連載の読者の方にもお会いできればうれしいです。詳細・お申込はこちらをご覧ください。

※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。

Written by

記事を書いた人

寺田真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

END