TRANSLATION

第37回 出版翻訳家インタビュー~笹根由恵さん 後編

寺田真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

第36回に引き続き、出版翻訳家の笹根由恵さんからお話を伺います。

寺田:夢を叶えるために人を押しのけて前に出る人間である必要はないですし、由恵さんはむしろすごく遠慮深くて、「私なんて」と一歩も二歩も引いてしまうタイプですよね。だけど、普段は控えめでも、「ここぞ」というときに前に出られる人だと思うんです。肝心なときに前に出られない人もいるでしょう? その違いは何だと思いますか。

笹根:佐藤伝さんには、「爽やかな図々しさがある」と言われました。自分ではそのつもりはないのですが……(笑)。ドミニックさんには、「由恵は熱意がある」「由恵はどうしていつもそんなにエネルギッシュに動けるの?」と言われます。それは多分、ドミニックさんという自分の好きな人に対してだからだと思います。もともと自信がなくて引っ込み思案で、壁の花になっているのが楽なタイプです。だけど純粋な思い、一途な思いがあって、どうしても叶えたい夢があって、その気持ちが勝って思いきって行けるのだと思います。そうでないと、いつまでたっても踏み出せないのではないでしょうか。いまでも自信はありません。私よりも翻訳が上手い方や、フランス語が上手な方は山のようにいると思います。そこで「私なんて」と思い出すと踏み出せなくなってしまいます。「このジャンルで私より詳しい人はいない」と思うことと、本に対する思い入れ、「私以上にこの本を好きな日本人はいない」という思いがあるから、それを読者に届けるために「じゃあ、何が自分にできるだろう」と一歩踏み出せるのだと思います。あと、人に恵まれるという、ご縁に恵まれることだけは自信があるんです。だからそのご恩返しをしていきたいという思いがいつもあります。

寺田:デビュー作目以降仕事が続かないケースも多い中、由恵さんは次々に出版翻訳をされてきました。デビュー作が単行本で11万部を超えるヒット作になったことも大きいでしょうが、ご自分では出版翻訳を続けてこられた理由をどのように考えていらっしゃいますか。どのようにお仕事が続いてきたのでしょう?

笹根:2冊目の『シンプルに暮らす』は、ある著者さんのイベントの席で編集者さんをご紹介いただいたことがきっかけです。当時は『ゆたかな人生が始まるシンプルリスト』はまだ発売されていませんでしたが、ドミニックさんの他の本が日本で出版翻訳されていたので、編集者さんも彼女の本を探しておられたようです。ドミニックさんに打診して企画書を出したら、すぐに通りました。これは、著者の力や、すでに他によって出ていた翻訳書の力、そして編集者さんの力が大きいと思います。結果的に刊行のタイミングが1冊目と2冊目があまり間を置かないことになりました。ドミニックさんがブームになったこともあり、本を出したい編集者さんから出版社を通してご連絡をいただくようになりました。連載をまとめて書籍化したのが『シンプルに美しく生きる44のレッスン』です。

寺田:最初の本が当たるというのはやはり大きいですよね。

笹根:それはありますね。あと、『ゆたかな人生が始まるシンプルリスト』を私が見つけてきたということで、私の目から見ておすすめの原書はないかとお尋ねいただくようになりました。

寺田:4冊目の『アランの「幸福論」』はどうやってお話が来たのですか。

笹根:これも真理子さんのパーティーでお会いした方が、たまたまフランス語で翻訳できる方を探していたんです。これもとても好きなタイプの本でした。5冊目の『間違える勇気。』はまた違う系統ですが、もともと宝飾業界に勤めていたこともあり、時計やジュエリーは得意な分野なんです。これは、出版社の方が「フランス語の翻訳者を探しているけど誰かいい人はいないか」とFacebookで投稿したところ、どなたかが私のことを推薦してくださったそうです。どこでどうご縁がつながるかわからないですよね。結局、どの本にも、その本につながる方がいらっしゃるのです。だから紹介してくださった方の顔に泥を塗ることは決してしないように、ずっと意識してきました。

寺田:由恵さんのデビューのきっかけもパーティーでの出逢いでしたし、私自身もそうでした。ご縁は人が運んできてくれるものなので、パーティーのように人の集まる場に行くことも大切だと思うのです。自分が主催する立場になってわかったことですが、主催者はやはり参加者にとってよい出逢いの場になってほしいという思いで開催していますし。そういう点も含め、出版翻訳家を目指す方へのアドバイスをお願いします。

笹根:学校で勉強していると、人と会うことに意識が向かなくなってしまいますよね。だけど学校だけだと、仕事につながる線が先生一本しかないわけです。外に出れば、何本もの線があるわけですよね。私は翻訳学校には通っていませんが、人と争って勝ち残るタイプではないので、学校という環境にいたらきっとそこで「私はダメだ」と思ってしまっていたでしょうね。

寺田:違う道を行ったのが正解だったのですね。他にはいかがでしょう?

笹根:最近では、「翻訳の雰囲気がいいから、こんな雰囲気で訳してほしい」とご依頼をいただくようになりました。翻訳家は黒子だからカラーを消さなきゃいけないと思いがちですが、100%消せるわけではないですよね。原書の著者と翻訳家の相性やカラーが合うことも大切だと思います。それに、自分のカラーを殺してしまっては、結局辛くなるのではと思います。

寺田:児童文学や絵本など、その分野で活躍している作家さんが翻訳を手がけることもありますものね。やはり翻訳家にもそのカラーが求められているのだと思います。それに、原書の持つカラーと翻訳家のカラーが合っているからこそ、翻訳家も力を発揮できるというのはあると思います。

笹根:結局、興味を持てない本は訳せないと思うんです。選り好みできる立場ではありませんが、私は器用ではないですし、翻訳も時間がかかるので、興味がもてず好きでもないものを仕事だからというだけで翻訳することはできないのです。人生を賭けて、魂を込めて訳していますし、本当に消耗します。だからそれだけのことをするためには本当によいと思えるものでないと無理なんです。

寺田:わかります。身を削りますものね。原書選びの観点からはいかがですか?

笹根:現地の書店に実際に足を運ぶことをお勧めします。1軒だけでなく何軒も足を運ぶのです。そうすると、「あちらの本屋さんではああいうふうに置かれていたけれど、こちらではこういうふうに置かれている」など本の立ち位置も見えてきます。また、書店での本は、その時代や流れを反映していますので、その中ならではの出逢いがあると思います。本屋さんに行ってみることで訳したい本が見つかるのではないでしょうか。

寺田:実際に目にすることで、本のほうから呼びかけてきたりしますものね。由恵さんご自身は、今後手がけてみたい作品はありますか。

笹根:絵本や児童書は翻訳したいという夢があります。

寺田:由恵さんにはとても向いていると思います。拝読できる日を楽しみにしています。最後に、読者のみなさんにおすすめの作品のご紹介をお願いします。

笹根:『ゆたかな人生が始まるシンプルリスト』は現在文庫化されています。最初の翻訳書なので思い入れもありますし、文庫化にあたってかなり手を入れたこともあって満足のいく仕上がりになっています。ドミニックさんの世界観を味わっていただけるのではないでしょうか。『アランの「幸福論」』は「今度こそ読み通せる世界の名著」というシリーズですので、いままでアランに挑戦して挫折してしまった方にもぜひお読みいただきたいです。

 

笹根由恵さん、ありがとうございました!

実は、インタビューの際には事前に質問内容をお送りするのですが、笹根さんにはあえてお送りしませんでした。というのは、スケジュールがつまった中に急遽インタビューをさせていただいたのですが、笹根さんだったら「少しでも役立つ話ができるように」と徹夜で準備をしかねないと思ったからです。ご本人はお話になりませんでしたが、一つひとつのお仕事に対するそんな誠実さが、依頼の絶えない何よりの秘訣なのではないでしょうか。

 

※拙訳書『虹色のコーラス』の読書会を10月6日(日)に開催します。この連載の読者の方にもお会いできればうれしいです。詳細・お申込はこちらをご覧ください。

※この連載では、読者の方からのご質問やご相談にお答えしていきます。こちら(私の主宰する日本読書療法学会のお問い合わせ欄になります)からご連絡いただければ、個別にお答えしていくほか、個人情報を出さない形で連載の中でご紹介していきます。リクエストもあわせて受け付けています。

Written by

記事を書いた人

寺田真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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