TRANSLATION

第102回 専門用語の訳語を変えてもいいの?

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回は、いただいたこちらのご質問にお答えします。

「すでに誰かに翻訳されて出版された言葉がどう考えてもおかしい場合、自分が正しいと信じる訳語を使って新たに専門用語として扱ってもよいものでしょうか?」

すでに翻訳されて出版された言葉が、どの程度「定訳」として普及しているかによっても変わってくるかと思います。

専門用語でも、特に新しく登場した技法や団体名など、人によって訳し方が違う場合があります。同じ方が訳した場合でも、変わることがあります。諸般の事情を考慮して、「このほうが伝わりやすい」と判断して変更したのでしょう。

このようにまだ「定訳」といえるものがない状況であれば、ご自身が正しいと信じる訳語を使うことに問題はないと思います。ただし、その場合でも、読者によっては既存の訳語になじんでいるかもしれませんから、「○○とも訳されています」と注をつけるなど、配慮することをおすすめします。

問題になるのは、既存の訳語が「定訳」になっている場合です。読者にとってはその定訳を使わないと意味が通じなくなってしまいますから、いちばん親切にしなければいけない相手に対して不親切になってしまいます。編集者さんとも相談することになるでしょうが、定訳を使うことを求められるかもしれません。

ただし、その訳語がおかしいと考える正当な理由があれば、それをきちんと述べたうえで使うことは考えられるでしょう。その場合、注ですませるのではなく、たとえば本の冒頭などで、「この言葉は○○と訳されることが多いのですが、本書ではこういう判断で、こう訳しています」とお伝えするほうがいいでしょう。

訳語をつくることは、ひとつの言葉を生み出すことです。それはひとつの世界をつくることにも通じます。そこで注意したいのが、余計な派閥争いを生んでしまわないことです。狭い業界の場合、あなたが考えた新しい訳語を使うか、使わないかということが一種の派閥争いのようになってしまうかもしれません。定訳を使ってきた方たちから、自分たちの考えを否定されたと受け取られるかもしれないからです。その可能性も念頭に置いて、新しい訳語を提唱する際に配慮があるといいでしょう。

ご参考になればうれしいです。

それでは、読者のみなさま、今年もありがとうございました! 来年の連載初回は、今話題の出版翻訳家についての本の著者インタビューをお届けします。どうぞお楽しみに!

※同姓同名の寺田真理子さんが編集した『父と娘の認知症日記』に執筆協力させていただきました。詳しくは、こちらの記事をご覧ください。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。どうぞよろしくお願いいたします。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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