TRANSLATION

第106回 出版翻訳家とメンタル~ABC理論

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

出版翻訳家はメンタルが強くないとやっていけません。

そういうと「私には無理!」と思ってしまう方も多いかもしれませんが、大丈夫です。

メンタルは、鍛えられます。

私自身、いつの間にか鋼のメンタルと呼ばれるようになってしまいましたが、もともとはすごくメンタルの弱い人間です。完璧主義で自罰傾向も強いので、大変です。

たとえば英語の勉強をしていた中学1年の頃。自分の発音を矯正するために、ひとつの単語につき20回くらい発音練習していました。間違える度に自分で自分にビンタを入れます。いっさい手加減なしで入れるので、ひとつの単語が終わる頃には顔が赤く腫れあがるのですが、構わずその調子で続けます(こんな学習法はおすすめしません……)。

95パーセントできたとしても、できていない「5パーセント」のほうに目が行ってしまいます。「95パーセントもできたんだから、よかった」と思えずに「5パーセントもできていないなんて! なんてダメなんだ!」と思ってしまうのです。挙句の果てに「やっぱり私の能力が足りないんだ」「無能な人間なんだ」と落ち込みのループにはまっていくのです。

そんな私でも変われたのは、「知識」と「練習」があったからです。

そこで今回は、出版翻訳家がメンタルを強くするために知っておきたいこととして、ABC理論をお伝えします。これは論理療法の中心となる考え方です。何か出来事(A:Activating event)があった時に、その出来事の受け取り方(B:Belief)によって感情という結果(C:Consequence)が変わる、というものです。

たとえば、持ち込んだ企画が断られるという出来事(A)があった時に、「やっぱり私には十分な実績がないから認めてもらえないんだ」という受け取り方(B)をすれば、落ち込んでしまいます(C)。

だけど同じように持ち込んだ企画が断られても(A)、「この出版社のニーズとは違っていただけ」と受け取れば(B)、落ち込むことなく次の持ち込み先を探せます(C)。

第45回の「まじめの罠」でもお伝えしたように、まじめであることにはデメリットもあります。まじめな方ほど、自分に原因を探して自分を責めてしまうものです。それがくせになってしまい、イラショナル・ビリーフ(Irrational Belief)と呼ばれる不合理な信念になってしまっていることも多いのです。

だから自分の持っているイラショナル・ビリーフをチェックしていくことが大切なのです。要は、自分の受け取り方のくせを見つけて矯正していけばいいのです。

先ほどの例でいえば、「やっぱり私には十分な実績がないから認めてもらえないんだ」と受け取ってしまった時に、「いや、待てよ。本当にそうかな?」と考えてみてほしいのです。「単に出版社のほうでこういう企画を求めてなかっただけじゃない?」「編集者さんの関心と重ならなかっただけじゃない?」と反論していくのです。実際、第52回の植西聰さんのインタビューでお伝えしたように、そういう理由の場合が大半です。

長年にわたって受け取り方のくせができてしまっている方も多いので、変えていくには時間がかかるかもしれませんが、まずは自覚することから始めてみてください。知識を得たら、あとはただ練習あるのみです。

先日読んだ『メンタルに効く西洋美術』に、ゴーギャンが個展を企画した時のエピソードが紹介されていました。知人の劇作家兼画家にカタログの序文の寄稿を依頼したところ、「あなたのアートは理解できないし、好きになれない」という理由で断られてしまいます。だけどゴーギャンは、その辛口批判の手紙と、それに対する自分の返信を序文として載せたのです。

もしゴーギャンが辛口批判に対して「自分の追求するアートは理解してもらえないのか」「才能がないのかも」「こんなに嫌われるなんて、人としてダメなのかも」などと受け取っていたら、個展の開催どころか、絵を描くことすらやめてしまっていたかもしれません。「ここまで批判されるってなかなかないよね? それだけ自分のアートに強烈な個性があるってこと?」「この手紙もPRになって面白いかも!」と受け取れたからこそ、大胆な行動がとれたのでしょう。

いきなりゴーギャン並のメンタル猛者にはなれなくても。こんな受け取り方ができる人もいるんだと知っておくだけでも、励みになってくれるのではないでしょうか。

※この連載を書籍化した『翻訳家になるための7つのステップ 知っておきたい「翻訳以外」のこと』が発売中です。どうぞよろしくお願いいたします。

Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

END