TRANSLATION

婉曲表現のご紹介(8)「お手洗い」

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回は和訳レッスンを一休みし、「お手洗い」に関する婉曲表現をご紹介します。ぜひ肩の力を抜いてお読みください。

日本語でも「便所」という言葉を使うのはダイレクトすぎるので、「お手洗いに行ってきます」と婉曲的に表現しますよね。あけすけに言うにしてもせいぜい「トイレに行ってきます」ではないでしょうか。

同じように英語でもtoiletという言葉を使うのはダイレクトすぎるので、「トイレはどこにありますか?」と聞くとき、Where is the bathroom?  Where can I wash my hands?  Where can I powder my nose?(女性)などの婉曲表現を使うことが多いのです。

では英語で「トイレ」そのものは何と言うでしょうか。じつは「トイレ」に相当する婉曲表現は非常にたくさんあるのです。今回はそれを見ていきましょう。

○lavatory
語源としてはラテン語のlavare(洗う)とory(する所)が合体した「洗う所」という意味の言葉ですが、イギリスで14世紀に初めて使われたときは「洗面器」の意味でした。その後、17世紀になってから「洗面所」という意味で使われるようになり、20世紀初頭に「トイレ」という意味でも使われるようになりました。これは主にイギリスでの話であり、アメリカでは「洗面所(通例便器がある)」の意味で使われています。またイギリスでは略してlav, lavvie, lavvyとも言います。

○toilet
toiletは日本語の「トイレ」のもとの英単語ですが、その元を辿れば、フランス語のtoile(布)から派生したtoilette(調髪時の肩にかける布)から来た言葉でした。その後、toiletは「化粧台カバー」としても「化粧台」としても「化粧室」としても使われるようになり、19世紀に後半にアメリカで「洗面所のある化粧室」に限定されて使われるようになり、20世紀初頭に「トイレ」という意味でも使われるようになりました。

lavatoryもtoiletも「トイレ」という意味で使われていますが、ニュアンスには差があります。lavatoryは「U(上流階級的)」と見なされるのに対し、toiletは「non-U(上流階級にふさわしくない)」と見なされている点です。上流階級の親たちは、自分の子供にlavatoryという言葉を使うよう勧める傾向があるとも言われています。

○bathroom
bathroomは、bath(風呂)があるroom(部屋)のことですから「浴室」という意味であることは透けて見えますが、アメリカでは婉曲的に「トイレ」という意味でも使われます。これは浴室内にトイレがあることが理由で「トイレ」という意味でも使われるようになったものです。「浴室」の意をはっきりさせるためにはbathのみを用います。

興味深いことに、浴槽そのものがなく便器と洗面台だけのものもbathroomといいます。ちなみに広告などでは、浴槽・シャワー・便器・洗面台の4つを備えたものをfull bathroomといい、浴槽を欠くものを3/4 bathroom、便器と洗面台のものを1/2 bathroomと言います。

○restroom, rest room
直訳すれば「休憩室」という意味ですが、実際、イギリスでは「(公共の建物内の)休憩室」という意味で使われています。一方、アメリカではホテルや劇場などの「トイレ」という意味で使われています。

○powder room
英語にはpowder one’s nose という表現があります。これは「粉おしろいをたたく」という意味ですが、婉曲表現として「(女性が)お手洗いに行く」という意味でも使われています。この流れでpower roomが「トイレ」という意味として使われるようになりました。

○smallest room
直訳すれば「最も小さな部屋」ですが、婉曲表現として「トイレ」の意味で使われます。考えてみれば、ほとんどの家において、トイレは最も小さな部屋にありますから、理に適っていますね。

○cloak room
これは「(劇場などの)手荷物一時預かり所」のことで、日本語としても「クローク」と言われることがありますが、イギリスでは「トイレ」の婉曲表現としても使われます。理由は公共施設のcloak roomとlavatoryが隣にあることが多いためと言われています。

○comfort station
直訳すれば「快適な場所」となりますが、アメリカでは「公衆便所」のことをこう婉曲的に表現します。

○men’s room, women’s room
「男子トイレ」、「女子トイレ」と区別した婉曲表現が、それぞれmen’s room とwomen’s room です。イギリス式のgents’はmen’s room という言葉が出来た直後に生まれました。

今回は「お手洗い」に関する婉曲表現を見てきました。ネイティブスピーカーに「トイレに行きたい」というとき、I’d like to wash my hands. とか、女性であれば、I’d like to powder my nose. という婉曲表現をさらりと使えるようになれば、ネイティブスピーカーからも、奥ゆかしい人だと思われるかもしれませんね。

次のリンク先に飛べば、ひろゆき氏をはじめ多くのコメンテーターに対して翻訳業界の現状を語る報道番組にゲスト出演した際の動画が無料で視聴できます。

https://abema.tv/video/episode/89-66_s99_p3575

拙書『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が発売中です。出版翻訳家(およびその志望者)に向けた私のメッセージが詰まった本です。参考まで手に取っていただければ幸いです。

また、『自分を変える! 大人の学び方大全』(世界文化ブックス)が発売中です。英語の学習の仕方についても述べておりますので、興味のある方はお手にとっていただければ幸いです。

Written by

記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

END