TRANSLATION

直訳ではわかりづらい暗喩の訳し方

宮崎 伸治

出版翻訳家による和訳レッスン

今回のレッスンでは、直訳では分かりづらい原著者独自の暗喩の訳し方を考えてみましょう。

以前、日本人にピンとこない比喩は日本人にわかりやすいように訳しましょうと述べました。

じつは、比喩と一言で言っても、比喩には直喩と暗喩の2種類があります。

直喩とは、「~のようだ」「~のごとし」といった語を用いて、2つの事物を直接比較して示すものです。英語の直喩の場合は、asやlikeが使われることが多いのですが、じつは英語には驚くほどたくさんの直喩表現があります。

興味深いものをいくつか挙げてみましょう。まずは as を使った直喩から見てみましょう。

as blind as a bat
直訳:コウモリのように目が見えなくて
意訳:ほとんど目が見えなくて

as busy as a bee
直訳:ミツバチのように忙しく
意訳:とても忙しく

as flat as a pancake
直訳:パンケーキのように平べったい
意訳:とても平らな

次に like を使った直喩を見てみましょう。

like a bat out of hell
直訳:地獄から出てきたコウモリのように
意訳:すごい速度と力で

like a fish out of water
直訳:陸に上がった魚のような
意訳:ぎこちない

like a bolt out of the blue
直訳:青天の稲妻のように
意訳:突然

直喩の場合、例えば、as blind as a bat をそのまま「コウモリのように目が見えなくて」と直訳しても、なんとなく原著者の言わんとしたことが理解できることもありますが、like a bat out of hell のように「地獄から出てきたコウモリのように」と直訳しただけでは原著者が言わんとしたことが理解しにくい場合もあります。そのような場合は、辞書を引くなどして日本語として読みやすい訳文を目指しましょう。

さて、直喩の場合は英和辞典にその訳文が載っていることが多いのですが、原著者独自の暗喩の場合は、英和辞典に訳が載っていませんので、自分の力で読みやすく工夫する必要があります。

以前、こんな暗喩の例を挙げたことあります。

I was a fat ball when I was a baby.
直訳:私は赤ん坊のころ、太ったバターボールでした。

ただし、「バターボール」と訳したのでは、日本人にはわかりづらいため、あえて「バターボール」という言葉を外して、次のように訳しました。

宮崎訳:私は赤ん坊のころ、丸々と太っていました。

この例では、「butterball」といっているのが暗喩であることがすぐに分かりますが、もっと分かりづらい暗喩の表現もあります。今回はそのような例を見てみましょう。

――苦労してフェラーリを手に入れた青年は、最初はまわりの女の子たちからチヤホヤされて喜んでいたが、やがて彼女らがいろいろなことを要求するので、うんざりし始めた――

そこで、つぎの英文に続きます。

He was beginning to wonder who the girls were going out with – him or his car!

go out は、日本語でいえば「つきあう」とか「デートする」という意味です。

まずは直訳してみましょう。

直訳:彼は、女の子たちがデートしたがっているのは、自分なのか自分のクルマなのか、疑いはじめました。

現実的に考えれば、人と人とはデートできますが、人とクルマはデートできません。もちろん、それは日本語で考えても英語で考えても同じことなのですが、ここはあえて原文でそのような比喩が使われているのです。

もちろんそれをそのまま訳しても意味はなんとなく分かるのですが、違和感を抱く人もいることでしょう。

もっと読みやすい表現に変えられないものでしょうか。

そのためには、この文章で登場する「彼」の気持ちになって考えてみましょう。実際にあなた自身が彼と同じ立場だったとしたら、どういう気持ちがするでしょうか。ぜひ感情移入してみてください。

すると次のような訳文が浮かんでくるかもしれませんね。

宮崎訳:彼は、女の子が自分に近づいてくるのはフェラーリが目当てではないかと疑い始めました。

このように訳してしまうと、原文にある「go out(デートする)」が訳されていないことになります。

しかし、「デートする」を訳文の中にどうしても入れなければならないでしょうか。

この例では、「デートをする」という言葉を訳文の中に入れても日本語として意味は通じないことはありませんが、英文で使われた暗喩をそのまま直訳しても日本人には通じにくいですね。このような場合は、原著者が言わんとしていることを汲み取って自分の言葉でそれを日本語として表現したほうが分かりやすくなります。

今回は、直訳したのでは分かりづらい原著者独自の暗喩が使われていた場合、どう訳せばいいかを検討してみました。

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Written by

記事を書いた人

宮崎 伸治

大学職員、英会話講師、産業翻訳家を経て、文筆家・出版翻訳家に。産業翻訳家としてはマニュアル、レポート、契約書、パンフレット、新聞記事、ビジネスレター、プレゼン資料等の和訳・英訳に携わる。
出版翻訳家としてはビジネス書、自己啓発書、伝記、心理学書、詩集等の和訳に携わる。
著訳書は60冊にのぼる。著書としての代表作に『出版翻訳家なんてなるんじゃなかった日記』(三五館シンシャ)が、訳書としての代表作に『7つの習慣 最優先事項』(キングベアー出版)がある。
青山学院大学国際政治経済学部卒業、英シェフィールド大学大学院言語学研究科修士課程修了、金沢工業大学大学院工学研究科修士課程修了、慶應義塾大学文学部卒業、英ロンドン大学哲学部卒業および神学部サーティフィケート課程修了、日本大学法学部および商学部卒業。

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