INTERPRETATION

Vol.69 人生は思い込むことによって覚悟ができる

ハイキャリア編集部

通訳者インタビュー

【プロフィール】
田谷美奈さん Mina Taya
上智大学卒業後、テーマパーク・メーカー・広告代理店でのインハウスご経験を経て、現在はフリーランス通訳者として、お仕事と可愛いお子様の子育てを両立されながら、多方面にてご活躍中。

テンナイン設立間もない頃からご登録いただき、長きに渡って素晴らしいパフォーマンスでお仕事をしていただいており、今回改めてインタビューの機会をいただきました。

Q1. まず、田谷さんと英語との出会いを教えてください。
英語との最初の出会いは中学入学を目前にして通い始めた英語塾でした。私の母は外国語の勉強が好きだったようで、英語やフランス語の勉強をかなりしていたそうです。「中学から英語の授業が始まるから、今から少しやってみる?」と気軽に母に勧められ、個人塾に通い始めました。実際に始めてみると、勉強と思えないぐらい楽しくてのめり込みました。アルファベット一つひとつの発音を徹底的に教えてくれて、その新鮮な響きや、新しい言葉との出会いにワクワクしましたし、筆記体をいかにきれいに書くかなど夢中で練習しました。

Q2. 通訳者を目指すようになったのは、いつ頃だったのでしょうか?
小さい頃の夢は「イルカの調教師になりたい」でした。それがなぜか小学校の卒業文集には「将来通訳者になる!」と書いていました。今振り返ればそれも母の影響だと思います。私は一人っ子なので、しっかり自立できる“手に職”を身につけなさい、とはよく言われていました。母に、世の中には通訳という仕事があって、英語を使って活躍できる職業だと紹介され、自然と私も憧れました。大学も英語教育が熱心で、通訳者を多く輩出している上智大学を受験しました。知らないうちに母の思い描いていた人生を歩むことになりましたが、この仕事が大好きなのでとても感謝しています。

Q3. 大学卒業後はどのようなお仕事に就かれたのでしょうか?
新卒で通訳の機会もいただけるといわれ大手企業の国際部に就職しました。でもやはり翻訳業務がメインで、なかなか通訳をするチャンスはありませんでした。働きながら平行して通訳学校にも通い、電車の中でも会社の昼休みでも空いた時間は全て勉強に充てました。シャドーイングや、ニューズウィークを日英両方読んで英単語や表現を覚えました。勉強を重ねるうちに、毎日通訳の仕事がしたいと思うようになり、テーマパーク建設プロジェクトの通訳ポジションに転職しました。

Q4. 舞浜の建設現場ですね。大きなプロジェクトでしたが、いかがでしたでしょうか?
最初はライドの設計会議に大先輩と一緒に組んで入ることになりました。今思い返しても一番大変な時期でした。朝も早く、電話会議の通訳もあり、技術的な内容を理解するのに必死でした。通訳者2名体制で30分交代の逐次通訳をするのですが、最初は5分と持たずに先輩にフォローしていただきました。半年でプロとして仕事ができるようにならなければ要らない、と上司に言われ、それでも思うように上達せず、プレッシャーで急性胃炎にもなりましたね。

Q5. その辛い環境をどのように乗り越えられたのでしょうか?
まず周りの先輩通訳者の方々にとても助けていただきました。随分ご迷惑をかけたと思いますが、休憩中に単語の使い方の細かな違いまでアドバイスして下さいました。本当に勉強になって今でも感謝しています。上手にできずに悔しくてトイレで泣いたこともあります。(笑)でも落ち込んだときも、何か他の事をしてリフレッシュという時間ももったいなく、とにかく自分を追い込んでいました。当時は若かったこともあり、専門用語は一度聞けば覚えることができました。単語帳を作って復習して、毎日会議に入らせていただくうちに、まさにOJTで通訳の力が上がってきました。一語一句正確な逐次通訳を求められていたので大変でしたが、そのおかげで力をつけることができました。

テーマパークの通訳では最後に副社長付き通訳を担当し、その後大手飲料メーカーでITプロジェクト付き通訳を1年ほど経験しました。次に大手広告代理店の役員付き通訳のポジションに転職しました。技術的な内容が多い現場通訳とは違って、企業のトップ間の会談通訳が中心でした。駆け出しの頃は必死に英語を勉強していたのですが、この頃に日本語の力も大事だと気付きました。私は小説を読むのが好きなので、最近でいえば伊坂幸太郎や森見登美彦などカジュアルで面白いのに背景に強い表現力・語彙力のある作家の作品を読むことで、かしこまっていなくても美しい流れの日本語表現を吸収しています。また、小説といっても各専門分野で詳しい取材に裏打ちされたものも多く、楽しみながらその業界を深く知ることができます。

最後はスポーツメーカーの営業部付き通訳のポジションで働きました。

Q6. そこで運命の出会いがあったんですよね?
そうなんです。(笑)私は人見知りするほうで、会議室ではなるべく自分の気配を消して通訳だけに集中しています。そんな中で今の夫と出会い結婚しました。第1子出産後は育児に専念しつつ、フリーランス通訳者として第一歩を踏み出しました。

Q7. フリーランスになる時に不安はありましたか?仕事と育児の両立で工夫していることがあったら教えてください。
まだ子供が小さい時はいつも一緒にいたかったので、限られた時間でフリーランスの仕事を引き受けていました。不安といえば、自分の通訳スキルがフリーランスとして通用するのか、そして仕事の間が開くことで通訳センスというか、感覚が鈍らないか、という気持ちはありました。本格的に仕事を再開したのは、第2子が小学校に入学した後です。夫が育児や家事に協力的なので、いろいろな仕事に挑戦できてとても助かっています。

実は出産後自宅で翻訳をしようと試みたのですが、結果全くできませんでした。昼間は育児を優先させてまとまった時間がとれないので、夜中に作業するしかないのですが、最良の表現を求めて際限なく考えるので寝不足の状態が続いて集中できませんでした。やはり私には時間が決まった通訳の方がいいと改めて思いました。両立するために工夫していることといえば、資料は子供達の寝顔を確認してから自分で制限時間を決めて速読します。短い時間に効率よく必要な情報を吸い上げられるようになりました。結局夜中にはなってしまいますが!(笑)

Q8. 通訳をしている上で一番心がけていることは何ですか?
通訳学校に通っている頃は授業で難しい単語をたくさん覚えたこともあって、いかに難しい単語や英語表現を使えるかということにこだわって上達した気分になっていましたが、今はわかりやすさを重視しています。英語がある程度わかる日本人の方が、発言した内容が正確に通訳されているのがわかると安心した表情をされることもありますし、英語が母国語ではない外国人の方にも誤解のないように伝えられると思うからです。クライアントに「わかりやすかったよ」とフィードバックされるのが一番嬉しいですし、私の得意とするところです。

Q9. もし通訳者になっていなかったら、どんな仕事をしていましたか?
動物の研究者になっていたと思います。昔から自然や動物が好きで、ダイビングやシュノーケリングをしていました。今でも家族でよく沖縄に行きます。学生の頃に自然保護への関心が高まり、アースウォッチというNPOから、世界中の研究者の野生生物関連の調査をサポートするプログラムに参加したこともあります。トイレもシャワーも電気もないオーストラリアの無人島でテント生活をしながら、海がめ産卵調査の手伝いもしました。将来は自然保護関連の大きな国際会議の同時通訳をするのが夢です。

Q10. 最後にこれから通訳者を目指す方に向けてメッセージをお願いします。
これは通訳に限らないと思いますが、自分で思い込んでしまうことが大事なのだと思います。英語が話せるからというきっかけで通訳の仕事を目指したとしても、途中で飽きたり挫折したりするかも知れません。でも「絶対に将来通訳者になる」と心に決めたら、つまり「自分は通訳者になりたいのだ」と思い込めたら、どうしたらなれるのか、上達できるのかを真剣に考え続けられると思うのです。精神論になりますが、人生は思い込むことによって覚悟ができるし、覚悟することによってその世界に突進できると思うのです。幼稚園児が「○○くんかっこいい」から「○○くんとけっこんしたいからお手紙かく!」という行動に移るのもある意味“思い込み”の結果ですよね(笑)。通訳になりたいと思い込んで、そしてなれたら、そこからはいかに誠実な気持ちで取り組むか、がとても大切だと思います。


現場でのマストアイテム

【編集後記】
とても優しい雰囲気で、笑顔が素敵な田谷さん。インハウス時代の努力家で負けず嫌いな一面、通訳になるという覚悟や強い責任感のあるお話をお伺い出来、田谷さんの新たな素敵な一面を知ることが出来ました。また、英語だけではなく日本語の語彙力も大切だと気づかれた点や、分かりやすさを重視して通訳されている点など、これから通訳者を目指す方にも、とても参考になるお話でした。

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ハイキャリア編集部

テンナイン・コミュニケーション編集部です。
通訳、翻訳、英語教育に関する記事を幅広く発信していきます。

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