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第73回 習うより慣れよう④

土川裕子

金融翻訳ポイント講座

こんにちは。先月は新年早々さぼってしまい、すみません。1月は10-12月期のレポートが多数出る月で、金融翻訳者はなかなかに忙しいのです・・。ハイ、言い訳です。さて、気を取り直して2023年の金融講座、始めて参ります。

今回は、運用会社が公表したWhich Equities Have Outperformed When the Economy Slows?という小記事から一部を取り上げます。金融翻訳者なら嫌というほど目にする種類の文であり、英語そのもの明解ですので、解説を読む前にぜひトライしてみてください。

課題文は記事の2段落目から。1段落は、「2022年半ば以降、米連邦準備制度理事会(FRB)は、国内の財・サービス需要を犠牲にしてもインフレを抑止する意思を明確にしている」という内容で、それに以下の文章が続きます。

【本日の課題】
Given the lag in the Fed’s monetary policy transmission mechanism, it is likely that the rapid policy shift over 2022 is not yet fully reflected in the pace of U.S. economic growth. And while we have already seen nascent signs of inflation decreasing, we expect more economic contraction ahead as consumers and corporations continue to digest the 425 basis points (bps) in Fed rate hikes experienced over the last year. Against that backdrop, projections for GDP growth for 2023 by the IMF and the World Bank have since been revised downward. (See Figure 1.)

●monetary policy transmission mechanism
専門用語かと思ってしまいますが、ここは「FRBが金融政策を変更した場合、その影響がGDP成長や物価等、実体経済の様々な側面に現れるまでには一定の時間がかかる」ことを大仰に言っているだけです。本のタイトルやレポート名ならともかく、「金融政策伝達メカニズム」などと専門用語のようにすると、逆に誤解を与えてしまう可能性がありますので、説明的に訳した方が良いでしょう。

transmissionは「伝達、伝染」ですけれども、「政策を伝達/政策が伝染」のどちらもおかしいので、上記の説明も参考に、適切な表現を考えてみてください。また金融政策は、最終的には実体経済に影響を及ぼすことを目的としているので、その意味では「メカニズム」ですが、先ほど言いました通り、ここではちょっと大袈裟かなと思います。

●digest the 425 basis points (bps) in Fed rate hikes
まずbasis pointは、1%の100分の1を意味する「ベーシスポイント(bp)」です(第61回で詳しく説明していますので、詳細はそちらをご覧ください)。FRBは昨年一年間で、政策金利を0.25%から4.50%へと大幅に引き上げました(rate hikes)。4.50-0.25=4.25%ですから、これを425bpと表現しています。

digestも以前説明したことがありますが、金融の世界でもずばり「消化する」です。通常は、市場参加者がインフレ率、GDP成長率、個別企業やセクターの業績、天変地異などの「好材料/悪材料」を根拠に、株価などの資産価格が割高か割安かを判断し、高いと思えば売り、低いと思えば買うなどの行動をとった結果として、資産価格が収まるべきところに収まることを、「(市場が材料を)消化する」と表現しています。

ここは主語がconsumers and corporationsですので、資産価格は関係ありませんが、ニュアンスとしては同じ。政策金利が急上昇したという事実を受け止め、咀嚼し、それなりの対応をすることを指しています。訳語は「(影響を)消化する」や「こなす」などでいいと思います。

それでは実際に訳してみましょう。ですます調で、weは「当社」にしてください。

【本日の課題】(再掲)
Given the lag in the Fed’s monetary policy transmission mechanism, it is likely that the rapid policy shift over 2022 is not yet fully reflected in the pace of U.S. economic growth. And while we have already seen nascent signs of inflation decreasing, we expect more economic contraction ahead as consumers and corporations continue to digest the 425 basis points (bps) in Fed rate hikes experienced over the last year. Against that backdrop, projections for GDP growth for 2023 by the IMF and the World Bank have been revised downward. (See Figure 1.)

【試訳】
FRBの金融政策は、その効果が顕在化するまでに時間がかかることから、2022年の急激な政策転換が未だ米国の経済成長ペースに完全に反映されていない可能性は高いと考えられます。インフレ率低下の兆候はすでに見え始めているものの、消費者や企業は依然、昨年FRBが実施した425ベーシスポイント(bp)に及ぶ利上げの影響を消化している段階にあり、今後、経済は一層の収縮に向かうと当社では予想しています。こうした状況を受けて、国際通貨基金(IMF)と世界銀行は、2023年のGDP成長見通しを下方修正しました。(図表1参照)

※we expectは、「〜と予想されている」と受動的に訳す(訳した方が良い)ケースもありますが、最近は特に、weを明示的に訳してくださいと言われることが多くなったように思います。日本語の曖昧な表現では無責任と思われかねない、ということでしょうか。それにしても、1段落の中にweが5つも6つもあるのに、全部「我々は/当社は」にすると、印象としてはまるで小学生の作文みたいになってしまうので、主語を明確にしつつ、なんとか「我々は/当社は」を回避できないかと苦闘する日々です。

※来月は、この「図表1」を訳したいと思います。

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記事を書いた人

土川裕子

愛知県立大学外国語学部スペイン学科卒。地方企業にて英語・西語の自動車関連マニュアル制作業務に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。証券アナリストの資格を取得し、現在は金融分野の翻訳を専門に手掛ける。本業での質の高い訳文もさることながら、独特のアース節の効いた翻訳ブログやメルマガも好評を博する。制作に7年を要した『スペイン語経済ビジネス用語辞典』の執筆者を務めるという偉業の持ち主。

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