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放送通訳者直伝!

第351回 「支える」ということ

先日のこと。とある音楽関連のイベントに出かけてきました。特別ゲストあり、トークありの楽しい企画でしたね。プログラムの最後には演奏もあり、大いに盛り上がりを見せた夕べでした。

その演奏グループの中の一人は私の小学校時代の同級生でした。もうずいぶん前の同級生ということになります。ずっと音信が途絶えていたのですが、プロミュージシャンとして活躍していることは、風の便りで聞いていました。そして今回、思いがけずその舞台を見ることができ、改めて小学校時代を思い出したのでした。

過日も放送通訳で出入りしているテレビ局においてちょっとした発見がありました。局内の人事異動告知が壁に掲示されていたのです。そこには昔のクラスメートの兄弟の名前がありました。珍しい名前でしたので、すぐにわかりましたね。今は某国の特派員として活躍しているようです。

私は小学校から中学校にかけて4回転校しています。「幼なじみ」と言える人はいません。オランダやイギリスで通った現地校の友人とも疎遠になりました。しかもロンドンの学校に至っては、10年前に近所の学校から吸収合併され、100年以上続いた校名もなくなっています。それだけに、私にとっては数少ない日本人の友達が今、世界のどこかで活躍している様子を見るのは、大きな励みなのです。

子どものころは「社会の一員としての自分」など想像すらしていませんでした。友達と笑ったりけんかをしたり、勉強で苦労したりということだけが自分の世界のすべてだったのです。けれども人間というのは、幼少期に自分が得意としていたことや好きなこと、さらに経験などが後の「自分の仕事」に到達するのだと私は思います。

「人の一生は長いようで案外短い」と最近私は感じます。ついこの間、大学を卒業して社会人になったように錯覚してしまうのです。けれども卒業時から今まで働いてきた年月よりも、定年への月日の方が今や短くなりました。もっともフリーランス通訳者に厳密な定年はありませんし、人生100年とさえ言われる時代です。どのように自分は生きるか、改めて考えさせられています。小学校時代の数少ない友が社会で活躍している姿を見ると、まだまだ自分も努力の余地があると感じます。

以前、ある講演会で登壇された方が、「世界のどこかを支える人になる」ことの大切さを唱えておられました。人にはそれぞれ与えられた役割があります。ゆえに誰もが社会の、そして世界のどこかをサポートしているのですよね。これは有名になるとかリーダーシップを発揮することとは違います。自分にしかできないことを誠意をもって取り組み、社会に貢献することだと私は思います。

2年前に亡くなられた福祉活動家の佐藤初女先生も、「奉仕はさりげなく、振り向きもしないで」と生前おっしゃっていました。社会を支えるということ。世界を支えるということは、そのようなことなのですよね。

平均寿命が延び、「人生100年時代構想」と言われるからこそ、私も自己研鑽を怠らず、心身の調子を整えて社会のお役に立てるよう、歩み続けたいと考えています。


(2018年4月23日)

【今週の一冊】
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「中国語通訳トレーニング講座-逐次通訳から同時通訳まで」 神崎多實子、待場裕子著、東方書店、2016年

出講先の大学図書館が好きで、授業後には必ず立ち寄ります。真っ先に向かうのは新刊本コーナー。書店ほどの速さで入荷するわけではありませんが、それでも数か月前に発行された書籍が大学図書館のこの棚には並んでいます。ありがたいことです。

私の場合、本業が通訳ですので、「通訳」「翻訳」「語学」「英語」などの語が並ぶ書籍は要チェックです。もちろん、今の時代はこのトピックを網羅した書籍がたくさん発行されています。ゆえにすべてに目を通すことはできませんが、アンテナにかかったものだけは丁寧に読むよう心掛けています。

今回ご紹介する本も、そのような一冊です。中国語は全くわからないのですが、通訳訓練の方法や通訳者としての心構えを知るため、手にとりました。本書は自主学習する上でも取り掛かりやすい構成になっており、実践問題もたくさん紹介されています。めくるごとに「中国語がわかったら楽しそう」という思いを抱ける本です。

シャドーイングの効果や方法、サイトトランスレーションなど、中国語以外を専攻する人にも役立つ情報が満載です。また、巻末には質疑応答形式で通訳業に関する説明もあります。エージェントとの関わり方、休暇中に通訳者はどのように自己研鑽をするのかなど、読んで楽しい内容です。中国語がわからなくても通訳業そのものに興味がある方にぜひお勧めしたい一冊です。


第350回 「誰のため?」を常に

通訳者に必要な能力として語学力と知識力が挙げられます。同時に私が重視しているのが「体力」。集中力を維持して同時通訳をするためにはスタミナが必要です。よって体力増強を図るべく、定期的に私は運動をしています。

スポーツクラブに行き始めたのは大学卒業直後のこと。会社との往復だけで運動不足を痛感したからです。エアロビクスやリラックス系のプログラムが充実したジムを選びました。そこで経験したとある出来事を今でも思い出すことがあります。

私がそこで受けたのはリラックス系のレッスンです。そのインストラクターは教え方が非常に上手で、私はそのクラスが大好きでした。そこでその先生の燃焼系プログラムにも出てみたのです。

ところが長続きしませんでした。

そのレッスンはエアロビクスだったのですが、動きがとても凝っており私にはついていけなかったのです。他のメンバーさんたちはとても上手で、私だけ足がもつれそうになりながらの1時間レッスンでした。スタジオのあちらこちらへ動くため、私は周囲にぶつからないようにと神経を使い、手を上げたり足を上げたりの動作は数カウント遅れる始末。お手本の先生の動きは無駄がなく美しく惚れ惚れするほどでしたが、私にはどう頑張っても無理だったのです。私には消化不良・不完全燃焼のレッスンでした。

「先生は好きだけどついていけない。周りのメンバーさんにも迷惑だから、このレッスンはやめよう。」

そう思った私は、やがてその先生のクラスそのものから足が遠のいてしまいました。

それからしばらく経った頃、別の先生の燃焼系クラスに出てみました。

そのインストラクターさんはレッスン前の説明で「このプログラムを皆さんに好きになっていただきたいんです」と繰り返しおっしゃっていました。そのレッスンをこよなく愛している様子がうかがえます。「振付についていけなくても大丈夫。別の簡単な動きをお伝えしますから、ぜひそちらで動いてくださいね」と述べていました。

実際、レッスンが始まってみると、上級者はハードな動きを、一方、私のような初心者はオプションで動くことができ、あっという間にレッスンは終わりました。汗もたっぷりかき、音楽も楽しめて達成感に満たされました。

この出来事は私自身の通訳授業にも通じると感じています。と言いますのも、授業の教材を選ぶ際、どのレベルに照準を合わせるかで悩むからです。

駆け出しのころは「通訳者を目指すなら、これぐらい難しい教材を」と意気込んで指導していました。けれども、私がアウトプットの見本を示しても受講生は「はあ、お見事~」という表情です。実際のパフォーマンスをそれぞれ披露してもらっても、尻込みしてしまったり不完全な訳出だったりということが続いたのです。結局、その授業は空振りに終わり、私自身も指導面で反省点を感じました。そしてそれ以上に受講生たちは、「せっかくお金を払って授業を受けたのに」というフラストレーションだけが残ったことでしょう。

私がそこから得た教訓。それは指導にしても通訳現場においても、教員や通訳者が「どや~!」と披露する場にしてはならない、ということでした。通訳の授業は演習型ですので、主役はあくまでも「学ぶ側」です。学習者が「今日、この授業に出て良かった」と思えるような満足感を提供せねばならないと感じます。会議通訳も同じです。通訳者が「千本ノックをとった」となるのではなく、聞き手が「今日、この会議に来てよかった。内容がよく分かった」と満足していただく必要があります。

仕事というのは「誰のために?」を常に意識しながら進めるものだと感じます。


(2018年4月16日)

【今週の一冊】
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「埼玉たてものトラベル」 埼玉たてものトラベル委員会編、メイツ出版、2015年

旅先でウォーキングツアーに参加するのが好きです。先日訪れたロンドンでは第二次世界大戦中に造られた地下壕のツアーに参加しました。ガイドさんが戦時中の様子や地下壕の使用用途などについて詳しく説明してくださり、非常に楽しかったですね。

今回ご紹介するのは埼玉県内の建物に関する一冊です。邸宅や公共建築物などの歴史的建造物には欄間や柱、ドアや窓などに美しいデザインが施されています。そのようなディテールに注目したい方にお勧めしたいのが本書です。

東京から電車で30分ほど出かければ、埼玉県内の珍しい建物を訪ねることができます。たとえば鋳物の街として知られる川口市内には、「旧鋳物問屋・鍋平別邸」があります。おしゃれな洋館の中には美しいステンドグラスがあり、まるで神戸の洋館のようです。一方、新座にある「立教学院聖パウロ礼拝堂」は著名な建築家アントニン・レーモンドが設計しています。さらに県北まで足を延ばせば、深谷の赤レンガを味わうこともできます。

巻末には埼玉の隠れた名産品も紹介されています。東京から日帰りコースで楽しめる埼玉県。本書を片手に建物巡りをすれば和洋・新旧の建築物を味わえるでしょう。


第349回 覚悟と潔さ

通訳者としてまだ駆け出しだったころ、恩師や先輩に言われたことがあります。それは「エージェントへの礼儀を守ること」でした。

フリーで活動する場合、私たちは人材派遣会社、すなわちエージェントに登録します。私もデビュー直後、複数の会社から運よくお仕事をいただけるようになりました。エージェント側は本人の実力に合った業務を厳選して依頼をしてきます。そして仕事のたびにエージェント側も難易度を上げていき、結果として私たち通訳者はエージェントにより育て上げていただくことになるのです。

デビュー初期の通訳者は、まだ右も左もわかりません。業界についてはおろか、臨機応変な対応についても初心者です。いきなり難しい分野の通訳をさせたり、要求の高いクライアントさんのところに放り込んだりしてしまえば、苦戦するのは現場の通訳者本人です。お客様が望む実力も発揮できず、結果として信頼問題に関わります。ですのでエージェントは慎重に仕事を割り振るのですね。私自身、振り返ってみるとエージェントからはお仕事の貴重なチャンスをいただき、新たな勉強分野を学ぶ機会を得て、さらにお給料もいただいて育てていただいたと感じます。今の自分があるのもエージェント抜きには考えられません。だからこそ、「エージェントへの礼儀」というのは非常に大切だと思います。

ところで通訳現場へ出かける際、私たちはエージェントの名前入りの名刺を持参して行きます。名刺交換時は自分の個人名刺ではなく、あくまでもエージェント名刺を使います。たとえ自分が個人事業主でオフィスを構えていても、たとえ自分の業務用ウェブサイトを開設していても、エージェントから派遣された以上、自分は「エージェントの一員」なのですね。プライベートのメールアドレスをお伝えするのもNGです。

では、エージェントから出向いたにも関わらず、個人の連絡先が記された名刺を相手へ差し上げてしまえばどうなるでしょうか?おそらくお客様は「え?この通訳さんと直接取引ができるの?ならばエージェントへの手数料は省けるのだから、これからはダイレクトに依頼しよう」という思いになるでしょう。景気後退と言われて久しい昨今ですので、企業側も経費削減ができるのであればそれに越したことはないからです。

そのようにして直接そのお客様と取引するようになれば、確かにお客様側は手数料を節約できますし、通訳者も自分の言い値で通訳料を請求できます。お客様と通訳者双方にとってwin-winです。けれども、そのようなことをしてしまえばせっかくエージェントの営業スタッフが大変な思いをして開拓したお客様を通訳者が横取りすることになります。業務妨害とも言えるのです。ゆえに通訳業界では、エージェントを飛び越えて直接取引するのはルール違反です。「発覚しなければ大丈夫なのでは?」と思えど狭い業界です。いずれ知られるところとなり、通訳者の信頼も落ちてしまうでしょう。

これを書きながら思い出したことがあります。今から15年ほど前にお世話になっていた女性整体師さんです。彼女はとある商業施設内のチェーン店で働いていたのですが、ある日の施術後のこと、「今月末で退職することになりました。柴原さんには今まで本当によくしていただきありがとうございました」と小声で知らせてくださったのです。プライベートについては存じ上げていませんでしたので、「結婚退職?ご主人の転勤?留学?」などの思いが去来しました。尋ねてみると「実は独立します」とのこと。ニコニコと笑顔ではいらしたものの、それ以上はおっしゃいません。

「うーん、せっかく相性も良くて施術も気に入っていたのに残念!」と思った私は、思い切ってこう言いました。「あの、もしお差支えなければ、お店の場所などを教えていただけませんか?」

実はこのように尋ねること自体、私には気が引けました。何しろ彼女はまだそのお店の現役スタッフですし、もし私が彼女の後を付いていき、今のお店に行かなくなれば、彼女の上司や同僚が「退職と共に彼女はお客様を持っていった」と思わないとも限りません。通訳業界でのルールを知る分、そこは私も慎重にせねばと思いました。

彼女も一瞬、どう反応して良いか迷っていたようでしたが、私の名刺を受け取って下さいました。そのやり取りもあまり目立たない形でしたね。「今のお店は大好きで、こうして育ててもらったことに感謝しています。でも独立することは昔からの夢でした」とも述べていました。最後の最後まで自分が働いていたお店へ気配りを示していたのです。

そして数週間が経ち、独立後のお店の案内が郵送されてきたのですが、あいにく私も引っ越したり多忙になったりで、結局彼女の元へ行く機会を逸してしまいました。けれども自分一人で店舗を立ち上げ、自分の腕一本で開拓していった彼女は本当に素晴らしいと思ったことは鮮明に覚えています。

私よりもずいぶんお若い方でしたが、その覚悟と潔さに今なお私は敬意の気持ちを抱きながら思い出しています。 

(2018年4月9日)

【今週の一冊】
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「ニッポン・ビューティ」 Grazia編集部編、講談社、2009年

私は「芋づる式読書」が好きで、何かきっかけがあると、そこから関連本をどんどん読み進めることを楽しんでいます。今回ご紹介する本も、そのような流れで出会った一冊でした。

きっかけは後藤新平の伝記を読んだことでした。そこには相馬事件について書かれていたのです。相馬事件というのは明治に起きた相馬家をめぐるお家騒動です。「相馬」と言えば、「難民を助ける会」を興された相馬雪香さんがいらしたなと思い出したのでした。ちなみに相馬さんは同時通訳者の草分けであり、お嬢さんは今も現役で活躍なさっている原不二子先生です。

相馬雪香さんについて早速調べたところ、インタビューが見つかりました。それが本書だったのですね。この本はファッション雑誌Graziaに掲載されたもので、相馬さんを始め、三木睦子さんや朝倉摂さん、黒柳徹子さんなども登場しています。私が敬愛する佐藤初女先生も出ていました。いずれも時代を切り開いてきた女性たちです。

どのインタビューも読みやすく、励まされる言葉もたくさんありました。いくつかご紹介しましょう。

「ひどいことを言った相手に口答えしていたら相手に引きずられたことになる。私はそれよりも、自分が理想とする私でいよう」(渡辺和子)

「人生の折り返し地点は50歳。そこからは、残る時間を自分の決めた目的に向かって進むしかない」(堀文子)

「言葉は人が生きていくための、助けになってくれる」(田辺聖子)

今とは価値観も社会もすべて異なる時代を生き抜いてきた素晴らしい女性たちです。元気が欲しい方にぜひともお勧めしたい一冊です。


第348回 応援者が一人でもいれば

新年度が始まりました。新しい環境や仲間の中に身を置きながらスタートなさった方もおられることでしょう。皆様にとって、幸多き新生活となりますようお祈りしています。

さて、今回は新年度と学びについてお話します。4月というのは新しいことを学習したくなる、そんなワクワク感が出てくる時期ですよね。学校や大学も4月から始まりますし、書店へ行けば4月開講の語学テキストが並んでいます。何かを始めるにはちょうど良いきっかけとなる、そんな季節です。好奇心と未知への探求心というのは、人間が生きる上で励みになると私は思います。

そのような中で大きな支えとなるのが仲間の存在です。同じ志で学ぶクラスメートというのは、あるときはライバルに、あるときは苦しい最中、共にゴールを目指す戦友にもなってくれます。良きクラスメートに恵まれるほど、学びも充実してきます。

一方、たとえ仲間がいなかったとしても、自分を応援してくれる人がいれば、前に進む力になります。家族や恩師、友人などが自分をサポートしてくれると、やはり歩み続ける勇気が湧いてきます。

「応援してくれる人」で思い出したことがあります。少し前に何かの本で読んだエピソードです。ちょうど「アダルトチルドレン」や「毒親」が問題視されていた時期、目に留まった文章でした。

そこに紹介されていたのは、Aさんという30代前半の女性でした。一人娘のAさんは幼少期から学校の成績が良く、何事も計画通りに進めてすべてを「きちんと」おこなうタイプの人でした。Aさんの母親はそんな娘が自慢でした。

けれども当の本人であるAさんは自己肯定感が低く、いつも自分いじめをしていたそうです。その理由はAさんの生い立ちにありました。Aさんの両親はAさんが幼いころから仲が悪かったのです。物心ついたころからAさんは四六時中、両親の罵り合う姿を目にし、気が休まらなかったと言います。母親は夫や舅姑の悪口を常にAさんにこぼしていました。Aさんは「母親はここまで傷ついている。こんなことをした父も祖父母も許せない。母を守れるのは私しかいない」と思うようになります。そこで「テストで良い点を取ること」「良い子になること」がAさんの至上命題となったそうです。「そうすれば親は喜んでくれて仲直りしてくれる」という思いがありました。

けれどもそんな努力を両親は理解しようとせず、一向に真正面からAさんに向き合うこともないまま、Aさんは大人になってしまったそうです。

その後Aさんは結婚して家庭を築いたものの、母親は気まぐれで連絡をしてきては、Aさんに愚痴をこぼし、Aさんはまたもや「自分が頑張らねば」と思い、傷ついていたそうです。

その本ではこうした母親を「毒親」と定義しています。娘たちはこうして傷ついたまま成人どころか中年になり、母親の死後でさえ「母を許せない」と苦しみ続けます。そして自己肯定感が抱けず、子育てにも仕事にも自信が持てず、大いに苦悩すると出ていました。

子どもというのは永遠に「母に褒めてもらいたい、母に応援してもらいたい」という気持ちを抱いています。けれどもそれが叶わないと大きな傷を負ったままになってしまい、それが負の連鎖として今度は自分の子どもへ愛情を注げないという形になるのだそうです。

私はこのエピソードを読んだとき、何をどうやっても母親の愛情を得られないのであれば、どこかで自分なりに踏ん切りをつけて次のステップを踏む必要があるのではと感じました。血のつながった母娘である以上、達観して諦めるというのは相当勇気のいることです。けれども"You're barking up the wrong tree"(お門違いだ)という英語表現にもある通り、ないものねだりをしても叶わぬものは叶わないのでしょう。悲しいことではあります。

そうなのであれば何も血のつながり「だけ」にこだわるのでなく、身近なところで自分を応援してくれる人を探していく方が心の安寧も取り戻せると思います。自分のことをありのままに受け止めてくれてエールを送ってくれる。そのような人はきっとどこかにいるはずです。

応援者が一人でもいれば前に進める。

新たな年度の始まりにあたり、そのようなことを私は感じています。

(2018年4月2日)

【今週の一冊】
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「日本のブックカバー」 書皮友好協会監修、グラフィック社、2016年

書店で本を買うと店員さんがかけてくださるブックカバー。わざわざそのためだけに紙を使うことを私は「もったいないなあ」と思っていました。バブルの頃の話です。

当時はあらゆることがぜいたくな時代でした。カバーもレジ袋もふんだんに提供されていたのです。書店でカバーをかけられそうになると、「あ、カバーは結構です」と私はその都度辞退していました。けれどもそう伝えるたびに「え?」という反応が返ってきましたね。それぐらい「エコ」とは縁遠い時代だったのです。

ちなみにイギリスではブックカバーなど誰もかけず、表紙が見える状態で読書をしています。しかし、日本では「自分が読んでいる本のタイトルを知られるのが恥ずかしい」という思いがあるのでしょう。いわゆる「恥の文化」です。

とは言え、私自身はブックカバーのデザインを眺めるのが大好きです。特に近年は書店数が激減しています。大手チェーン書店、個人経営や地元に根差した店舗がどのようなブックカバーを導入しているのか、今でも気になるのですね。そのような思いを抱いていたところ、運よく本書に出会いました。タイトルはそのものズバリ「日本のブックカバー」。監修している「書皮友好協会」の「書皮」とはブックカバーの意味です。

本書にはカラーで日本各地のブックカバーが網羅されています。大手書店のものもあれば、地方書店や閉店してしまったお店のものもあります。ブックカバーの中には、武者小路実篤のなごみ系絵画を採用しているところもありました。相田みつをを思い起こさせるタッチです。

ページをめくると「あ、子どもの時に見たことがある!」というカバーもありました。一方、同じ基本デザインではあるものの、時代の流れとともに微調整して今のデザインに至っているものもあります。ブックカバー自体の歴史を振り返ることができます。

デザインというのは、何もギャラリーやデザイン本に限る世界ではないのですよね。自分たちの身近なところにもたくさんの商品デザインが存在します。その「美」に気づかせてくれる一冊です。



第347回 情報の選択権

昔から活字が好きだったこともあり、自宅のポストに入るミニコミ誌やフリーペーパーなどもつい読んでいました。地元の最新情報やレシピ、コラムなど、目を通していると意外な発見や出会いがあり、それが楽しいのですね。他にもクレジットカード会社や保険会社などからの刊行物も定期的に届きます。こうした紙媒体もせっせと読んでいたのです。通訳の授業でも「フリーペーパーは情報の宝庫。ぜひ目を通して」と積極的に話していました。

ただし、これも「程度問題」なのですよね。時間があるときなら読むのも娯楽の一環となり、そこから元気をもらったりリフレッシュしたりできます。けれども私の場合、どうも性格上、「~ねばならない」モードに一旦なってしまうと、それが多大な苦痛になってしまうのです。

たとえば通訳学習を本格的に始めたころのこと。英字新聞や英字雑誌などを定期購読して英語力アップを図ろうとしました。けれども会社員生活を続けながらの勉強でしたので、勉強時間には限りがあります。自分としては何とか時間を切り詰めて学んでいたつもりではありました。でも限度があるのです。そうこうしているうちに「読まねばならない媒体物」はどんどん積み重なっていきます。床に山積みされた雑誌などは「きちんとできていない自分」の象徴です。「もっと頑張ればできるはずなのにできない自分は怠けている」「こんなはずではなかった」「あのとき現実逃避したから今こんなに時間不足になった」という具合に、自己嫌悪のフレーズがひたすら頭の中を堂々巡りしてしまったのです。

いつまでもこのような状況が続いたため、自分としてもかなり追い詰められてしまいました。そこで「時事問題を扱うそうした媒体は生鮮食料品と同じ。旬が過ぎたら捨てても良い」と割り切り、ようやく中身も見ずに処分することができました。そして定期購読も解約し、やっと呪縛から逃れることができたのです。それまでの月日は心の安定を失っていたように思います。

あれからずいぶん年月が経ったのですが、その一方で自分の性格というのはそう簡単に変わるわけでもないのでしょうね。最近もまた似たような状況に陥っていました。ポストに投げ込まれるフリーペーパーこそ堂々と捨てられるようになったのですが、郵便で「わざわざ」私宛に送られてきた定期刊行物は相変わらず「読まねば対象」と化していったのです。どうもその境目というのは「冊子としてホチキスで綴じてあるか否か」という自分でもワケのわからない基準です。そして机の上はそんな紙が山積みです。やれやれ・・・。

またもやかつての自分のような自己嫌悪モードに陥るのを避けるためには、自分なりに「開き直り基準」を設ける必要があります。そこで考え付いたのが以下の自問自答用の質問項目でした:

1.私はその情報を本当に必要としているか?
2.その情報を得たいと心から欲したがゆえに、お金を払って入手したものか?
3.それを読まないと自分の仕事や日常生活に差し支えがあるか?

このような感じです。

こう考えてみると、情報もダイエットも似ているように思います。本当にその食べ物を食べたいのか、それとも何となく口に入れようとしているのか?それを食べて幸せになりたいからこそ、あえてお金を費やしてでも入手しようとしているのか?それを食べなければ自分の仕事や生活に支障が出るのか?

このような観点から見ると、「情報」というものこそ自分のイニシアチブで選択するのが大事だと思えます。今の時代は自分からアクションを取らなくても、それこそいつでもどこでもネットから大量の情報を得られます。自分の心身が元気なときは、他人のツイッターもインスタグラムも「リア充」も気にはならないでしょう。けれどもいつも人は絶好調というわけにはいきません。それだからこそ、「情報の選択権を持つのは他でもない自分なのだ」と言い聞かせ、健全な精神状態を保ちたいと私は思っています。

(2018年3月26日)

【今週の一冊】
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「ドイツこだわりパンめぐり」 見市知著、産業編集センター、2017年

過日イギリスを旅行した際、かつて滞在していた大学寮に泊まりました。ゲストステイ制度があったためです。学生たちと混ざって朝食をとっていると、論文に苦戦していた大学院時代を思い出しました。寮の食事も当時とさほど変わっていません。

寮では朝食にトーストやペストリーを選ぶことができます。食パンは白パンかライ麦パンです。私はイギリスの全粒粉パンが好きで、今回の滞在中もそればかりいただいていました。ちなみに日本でもホームベーカリーでパンを作っており、色々な粉を混ぜて作るのが日課となっています。

さて、今回ご紹介するのはドイツのパンに関する話題です。最近は日本でも輸入食材店へ行けばドイツから真空パック入りで輸入されたパンを買うことができます。色は濃い目の茶色で酸っぱめの味です。これにおかずを載せて食べるのですね。手のひらサイズながらずっしり感があり、食べると満腹になります。

本書にはドイツの各地で著者が取材したパン店が紹介されています。パンの種類もわかりやすくカラー写真で示されており、見ていて楽しめる一冊です。パン用語も充実しており、たとえばBrot(ブロート)は「250グラム以上の重さの大型パン」を指すのだそうです。

最近は売れ残ったパンを専門に売る店舗もあるようです。こうしたエコ・マインドもドイツならではなのでしょうね。




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プロフィール

柴原早苗

柴原 早苗さん
放送通訳者。獨協大学・順天堂大学非常勤講師。 上智大学卒業、ロンドン大学LSEにて修士号取得。 ロンドンのBBCワールド勤務を経て現在はCNNj、CBSイブニングニュースなどで放送通訳者として活躍中。 NHK「世界へ発信!ニュースで英語術」ウェブサイトの日本語訳・解説を担当。 ESAC(イーザック)英語学習アドバイザー資格制度マスター・アドバイザー。 通訳学校にて後進の指導にあたるほか、大学での英語学習アドバイザー経験も豊富。 著書に「通訳の仕事 始め方・稼ぎ方」(イカロス出版、2010年:共著)、「英検分野別ターゲット英検1級英作文問題」(旺文社、2014年:共著)。 「放送通訳者・柴原早苗のブログ」 http://sanaeshibahara.blog.
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