TRANSLATION

第127回 編集者インタビュー~藤田浩芳さん(ディスカヴァー・トゥエンティワン) 後編

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

第126回に続き、ディスカヴァー・トゥエンティワン編集者の藤田浩芳さんからお話を伺います。

寺田:翻訳書特有のやりがいやご苦労にはどんなことがありますか。

藤田:まずは、読みやすい日本語にするところでしょうか。翻訳書はもともと違う言語で書かれたものですし、日本とは違う外国の習慣が書かれている箇所を違和感なく読めるようにしていくことなどは難しいですが、やりがいがあります。牧野洋さんのように、ジャーナリストとして知識があって、リサーチもできて翻訳ができる方だとありがたいですね。翻訳では、調べることが本当に多いと思うんです。たとえば、カタカナで日本語にもなっている英単語があったとして、英語では違う意味なのにカタカナで訳してしまっていたりすると、思わぬ誤訳になってしまいします。そういうことがないように、きちんと辞書を引くことが大切ですし、ファクトチェックも必要です。労をいとわず、積極的になさる翻訳家は貴重です。

寺田:編集者として翻訳に手を入れることも多いのでしょうか。

藤田:読みにくい部分には翻訳家の方から許可を得て手を入れさせていただくこともありますし、「ここはこうではないですか」と質問させていただくこともあります。

寺田:原書と全部突き合わせて確認されるのですか。

藤田:私の場合はすべて突き合わせるというよりも、翻訳を読んでいて変なところや、わかりにくいところがあった時に原書を確認します。すると誤訳だったりするんですね。

寺田:翻訳家に求めるものについて伺います。翻訳家として大切なことはどんなことだとお考えですか。

藤田:英語を正確に読めることが、翻訳家にとってはいちばん大事だと思います。一見すらすらと読めるような訳文でも、実はちゃんと原文が読めていないこともあります。逆に、ゴツゴツした日本語だけど間違いが少ないものもあります。そういう場合であれば、読みやすくするためには編集のほうで手を入れれば済むので。もちろん、手を入れる箇所が多くなってしまえば大変ですが。滑らかな文章にすることは編集でできても、誤訳はことによると見つけられないかもしれませんからね。やっぱり、正確なほうが望ましいです。それがあった上での読みやすさですので。

寺田:通訳にも通じますね。聞いていると流麗な通訳なのに肝心の内容が間違っている通訳者もいれば、逆に、たどたどしくて聞きづらいけれどすごく誠実に訳している通訳者もいるという。米原万里さんの名作『不実な美女か貞淑な醜女か』を思い出します。

藤田:文脈を追っていくと、誤訳が見つかるんですよね。ひとつ間違うと、それを糊塗するためにというか、思い込みがあるから、その先もそれに合わせてどんどん間違えていってしまうんですよね。

寺田:そういうお話が越前敏弥さんのインタビューの時にありました。「翻訳する量が10倍になったときに、ボロボロになってしまう人と、逆にすごくよくなる人がいるんですよ。ボロボロになる人は、たとえば1ページあたり1箇所誤訳があるのが、10ページになったときに10箇所ではなく30箇所くらいになってしまうんですね。土台になる基礎的な語学力がない人や、小説を読めない人はそうなりがちです。だけどよくなる人は、むしろ誤訳が減るんです。つじつまが合わない箇所を修正して、自分で誤訳を直せるんですね」と。

藤田:越前さんの本の編集も担当したことがあります。『越前敏弥の日本人なら必ず誤訳する英文』です。

寺田:そうだったんですね! 拝読しましたよ。「英語自慢の鼻をへし折る!」という帯のコピーも目に留まりますよね。

藤田:読者カードを見ていると、読者には高校の英語の先生など、仕事で英語に携わっている方が多いですね。実力があって、本当に英語が好きな方が読んでくれています。

寺田:読者に恵まれるのはうれしいですね。語学書も手がけられるんですか。

藤田:「やってみたいものはやってみよう」というスタンスです。どう考えても自分には無理だな、というものは別ですが。科学ものもやりましたし、興味を持てて自分でもなんとかなるな、というものならやりますね。

寺田:翻訳書の場合、原書はどのようにして探しておられますか。何か定期的にチェックされている媒体などがあるのでしょうか。また、どのような基準で選んでおられますか。

藤田:エージェントからの情報が多いです。エージェントから翻訳書チームにまず情報が入ってきて、ここでセレクトしたものを社内で共有して編集会議にかけていきます。ブックフェアも、コロナ禍のためオンラインでのミーティングではありますが、翻訳書チームが参加しています。他にも海外で売れている本をチェックしてエージェントに版権を問い合わせたりしますし、個別に翻訳家や著者からの紹介もあります。

寺田:翻訳家からの持ち込み企画もあるかと思いますが、たとえば、他の編集者さんや面識のある翻訳家の方からのご紹介などではない、まったく伝手がない翻訳家からの持ち込みもあるのでしょうか。この連載の読者には翻訳家デビューを目指して企画をお持ちの方や、すでにデビューされていて2冊目以降の企画をお持ちの方もいらっしゃいます。伝手がなくても、どんなポイントをクリアしていれば検討されますか。

藤田:現在弊社で何冊も翻訳をしておられる翻訳家の方々の中にも、最初は伝手があったわけではなく、持ち込みをされた方がいらっしゃいます。翻訳家の方が面白いとおっしゃることは貴重だと思いますので、たとえ伝手がなくても、紹介していただいた本が魅力的なら積極的に検討します。

寺田:持ち込みをされた時点で実績がない場合でもご検討いただけるのでしょうか。

藤田:たとえ実績がなくても、本が良いかどうかで判断します。ただ、書籍の翻訳が全く初めてという方でしたら、実際に数十ページ訳していただいて翻訳力を知りたいと思います。

寺田:いま求めていらっしゃる企画や、これから手がけたい作品はどんなものですか。

藤田:この連載の読者の方がおすすめの原書があれば、ご紹介いただけたらうれしいです。弊社は主に「自己啓発書」を出版しています。自己啓発書をどう定義するかですが、弊社では「仕事と人生の入門書」と言っています。狭い意味なら人生訓・処世訓と言われるようなもの、広い意味なら哲学、歴史、経済、自然科学など分野はさまざまであっても、人生や仕事に役立つ本は全て自己啓発書だと言えると思います。もちろん『トラブルメーカーズ』もそうです。

寺田:絵本も手がけられますか。

藤田:その本次第ですね。現在はそれほど多く出版していませんが、絵本は出さないと決めているわけではありません。よいものがあれば検討したいと思います。

寺田:会社としてではなく、藤田さんご自身がご興味があるのはどんな分野ですか。

藤田:私がこれまで担当してきた本は、人生訓、処世訓、人生論と呼ばれるジャンルのものが多いです。いかに生きるべきかというテーマに興味があります。哲学、心理学、歴史といった人文系の本で、よい原書がありましたら教えていただきたいと思います。最近では、ユヴァル・ノア・ハラリの『サピエンス全史』など、ああいうスケールの大きいものがベストセラーになっていますよね。日本国内では類書が見当たらないような本があるといいですね。弊社で出版したものでは『マスペディア1000』『起源図鑑』などがそれに当たると思います。ベストセラーでなくても長く売れている本、いわゆるランキングに入っていなくても面白いものがあるはずなので、そういうものを知りたいですね。

寺田:企画は、そのまま社内の企画会議を通ることが多いのでしょうか。編集者さんに思い入れがあると、それで通るケースが多いと思うのですが。

藤田:それほど簡単には通らないですね。ですから私は企画書をしっかり書いて、編集部の人たちに納得してもらえるようにしています。いくら思い入れがあっても、少なくとも編集部の人たちに受け入れられないような企画は世の中に出しても売れないと思います。出版する意義や、売れるのかどうかという根拠を積み上げて、企画を通すようにしています。

翻訳書の場合は、本国あるいは翻訳された各国での販売実績や、レジュメやサンプル原稿があるわけですよね。国内の著者で初めての著作の場合はそういう情報がゼロですが、翻訳書はその点、情報に恵まれています。

寺田:企画を通すために工夫されていることはありますか。

藤田:まずは企画書の仮タイトルです。それを見てどんな本かわかるか、ということです。そして構成案、目次案には力を入れます。それから、誰が読むのかというところは詰めていきます。この3つがはっきりすると、どんな本であるかイメージが見えてきますね。弊社では企画書にフォーマットがあって、かなり多くの項目を埋めていくようになっています。それをしっかり記入していけば、本のかたちが出来ていきます。

寺田:しっかりしたプロセスができているのですね。読者にも参考になると思います。ありがとうございました。

今回は久しぶりに編集者さんのインタビューをお届けすることができました。伝手がない方からの持ち込みを受けつけていない出版社も多い中、たとえ伝手がなくても、実績がなくても、本自体に魅力があればしっかり検討してくれるのは、とてもうれしいことですね。読者のみなさまにも、持ち込みたい企画がお手元にある方が多いのではないでしょうか。ぜひ実際に持ち込みに挑戦してみてくださいね。この連載がきっかけで素敵な翻訳書が世に出ることになれば、何よりうれしく思います。お忙しい中お時間をとって、詳しくお話をしてくださった藤田さん、本当にありがとうございました!

※ディスカヴァー・トゥエンティワンの最新情報は公式サイトをご覧ください。

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


『認知症の介護のために知っておきたい大切なこと~パーソンセンタードケア入門』(Bricolage)
『介護職のための実践!パーソンセンタードケア~認知症ケアの参考書』(筒井書房)
『リーダーのためのパーソンセンタードケア~認知症介護のチームづくり』(CLC)
『私の声が聞こえますか』(雲母書房)
『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
『なにか、わたしにできることは?』(西村書店)
『虹色のコーラス』(西村書店)
『ありがとう 愛を!』(中央法規出版)

『うつの世界にさよならする100冊の本』(SBクリエイティブ)
『日日是幸日』(CLC)
『パーソンセンタードケア講座』(CLC)

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