TRANSLATION

第187回 出版翻訳家デビューサポート企画レポート㉙

寺田 真理子

あなたを出版翻訳家にする7つの魔法

今回は、アメリカ在住のHさんの企画について、その後の進捗をレポートします。Hさんは、専門的なメソッドを子ども向けに解説した絵本の企画をA社に持ち込みました。きちんと検討はしていただけたものの、残念ながら企画の通過はかないませんでした。

結果を受けて、Hさんが原書の版権を扱うエージェントの方にお尋ねしたところ、合いそうな出版社を5社ほど挙げてくださったそうです。また、私からも、2社挙げさせていただきました。

ここで、Hさんからご質問が。「全社にお声がけしてみようと思っています。各社に同時にお声がけさせていただいても良いものですか? いわゆる『持ち込み』というものには何か暗黙のルールのようなものはあるのでしょうか? というのも、A社からの最終的なお返事をいただくまでに5か月はかかりました。同じことを1社ずつ行うとすると膨大な時間がかかり、原著者さんたちにも申し訳ない気持ちになってしまいます」とのこと。

各社に同時に持ち込むのは、残念ながら、NGです。「これこれこういう理由で、ぜひ御社から出したいです」といって持ち込むわけですよね? それなのに、他にも持ち込んでいたら、「うちから出したいというのは何だったの?」と思われてしまいます。

仮に、Y社とZ社で検討が進んでY社から「うちから出せることになりました」と連絡があり、その直後にZ社から同じ連絡があってそちらをお断りしたとしましょう。Z社に対してすごく失礼ですし、「二度とこの人の持ち込みは受け付けない」ということになってしまいます。

狭い業界なので他社にも話が回るでしょうし、今後の持ち込みにも影響が出るだけでなく、「こんなことならもう持ち込みは受け付けない」となれば、他の方の可能性を閉ざしてしまうことにもなりかねません。

A社で5か月かかったので、かなり待たされたという思いになるのはわかります。その間どのようにご検討いただけたのかはわかりませんし、単に手が回らなくて時間がかかったのかもしれません。でももしかしたら、Jさんがお福分けしてくれたエピソードにあったように、こちらが思う以上に、いろいろと手間暇をかけてくださっていたかもしれないんですよね。

持ち込みというと「対出版社」と思うので「早くお返事がもらえるように一斉に声をかけて……」となるのかもしれませんが、検討してくださるのはお一人おひとりの編集者さんですし、相手の方に労力をかけていただくことになるので、そこは尊重していただきたいと思います。

また、同時に持ち込むということは、その出版社ごとの傾向なども十分に吟味していないということになります。「どこでもいいからどこかに当たれば」という感じだと、相手に対して失礼なだけでなく、企画の熱量も失われてしまいます。

例外的なケースとしては、知人に編集者さんがいて、「他の出版社にも当たってるんだけど、あなたの会社や、あなたがお付き合いのある会社でもし可能性があれば……」と当たってみてもらうことはあります。私も先日このパターンでお願いしたことがありますが、それは相手の編集者さんとの人間関係ができていることが前提です。

実際、いろいろと当たってみてくださったので、お忙しい中お手間をとらせてしまい、恐縮する思いでした。やはり、かなりの労力がかかるものなのです。

Hさんにはそのようにお答えし、まずは候補の持ち込み先の刊行作品をもう少していねいに検討してみることをおすすめしました。Hさんもご理解くださり、次の持ち込み先を検討され、B社に持ち込むことになりました。お問い合わせ窓口へメールを送ったところ、編集者さんからお返事があり、早速PDFで原書のファイルなどをお送りしたとのこと。また進展があり次第、レポートしていきますね!

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Written by

記事を書いた人

寺田 真理子

日本読書療法学会会長
パーソンセンタードケア研究会講師
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー

長崎県出身。幼少時より南米諸国に滞在。東京大学法学部卒業。
多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演、執筆、翻訳活動。
出版翻訳家として認知症ケアの分野を中心に英語の専門書を多数出版するほか、スペイン語では絵本と小説も手がけている。日本読書療法学会を設立し、国際的に活動中。
ブログ:https://ameblo.jp/teradamariko/


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『パーソンセンタードケアで考える認知症ケアの倫理』(クリエイツかもがわ)
『認知症を乗り越えて生きる』(クリエイツかもがわ)
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